第64話 エルキ共和国コスタ領の村落へ

「じゃ、帰るか」


 翌朝、荷物を片付け終えたのを確認して、俺はそう言った。


 モニカ達はすぐに歩き出したが、ガロア神父だけは村の惨状を眺めている。


 俺はそれに声を掛けるわけでもなく、じっと彼が動き出すのを待っていた。


「……ああ、そうするとしよう」


 待っていると、彼は少しスッキリとした表情で同調する。


「正直ここに来るまでは、あわよくばまた住もうと思っていたが、一晩泊まって分かった。魔物の棲んでいた村にまた住むのは、一から村を築くよりも大変だということがな」


 魔物が棲みついた村は、見ての通り荒れ果て、悪臭の立ち込める堕落した土地になる。再び浄化するのは神官複数人による大規模な浄化魔法と、立て直しが必要になるのだ。


 コスタの廃村を、なぜ家事妖精まで使役して維持していたかと言えば、こういう事だ。魔物によって滅びていない土地は、再利用が容易なため、なんにせよ現状維持が最適解となっている。


「いいのか?」

「村で未だに納得していない者には、私から言っておく。この村はもう死んだとな」


 ガロア神父は少し悲しそうな顔をしたが、それでも深く頷いてくれた。


 メイとした「再びこの土地に戻ってこさせる」という約束は守れなかったが、それでも彼女なら納得してくれるだろう。そんな気がしていた。


「ニル兄にガロおじー! 早く帰るっすよー!」

「ああ、今行く」


 遠くからアンジェの呼びかけが聞こえて、俺とガロア神父はそちらへ向かう。


「……」


 この土地に思い入れがあるのは、俺も同じだった。


 カインと別れ、初めに受けた依頼の場所。そして、カインを改めて殺した土地。


 俺は……後悔する。カインをああして殺すしかなかった事を。一度目の時は考えもしなかった事を。


 だけど俺は立ち止まらない。立ち止まろうと誰も帰ってこない。手の中にあるものは常にこぼれ落ち、それらの選択を強いられる。すくい取れるものには限りがあり、立ち止まっていては自分すらすくい取ることはできない。


「ニール、あなた大丈夫?」

「……あ? すまん、考え事を――」


 サーシャに言われて初めて気づく。俺の右目からは涙が伝っていた。


 なぜ気付かなかったかと思えば、左目の遺物が視界を確保していたからだ。予想外な形で感情が溢れたのを、俺は袖で乱暴にぬぐう。


「抱え込むのも良いけど、人一人に持てる荷物はそんなに多くないわよ」

「エルフが言うと説得力があるな」

「伊達に生きていないからね」


 サーシャは笑い。その顔を見て俺も少しだけ気分が落ち着いた。


「……話さないの?」

「ああ、これは俺だけが持っていたい気持ちだ。それに、昨晩『サーシャも見ていただろ』?」


 エルフの弓手が、カインとの決闘に気付かず寝ていたとは考えづらかった。彼女を見ると案の定、静かに頷いている。


「ずっと抱えるさ、それこそ俺がしわくちゃの爺さんになるまでな」


第一部 完

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