第63話 ショウダウン2

「なにビビってんだよ? 俺達ならこれくらいの依頼、楽勝だろ?」


 駆け出しだった頃、俺とカインは事あるごとに方向性の違いから喧嘩していた。


 その頃はモニカもサーシャとアンジェも居らず、男二人で気楽なもんだったのを覚えている。


「俺がやめておこうって言ったのは、難易度じゃない。報酬だ。移動賃と依頼期間中の食費に対して銀貨十枚じゃ見合わない。受けてその日の夕方に帰ってこれるか、これの倍は報酬を貰わないと――」

「だああっ! いいじゃねえか、どうせ今はそこまで金に困ってねえんだろ?」

「俺が支出と収入のバランス取ってたからな」


 強く、希少な魔物の討伐が依頼されるたびに、費用度外視で受けたがるカインと、費用対効果を最優先し、必要であれば薬草採取も選択肢に入れる俺。


 全くの正反対だったが、回復が使える魔法職と、剣戦闘に長けた近接職、パーティとしての相性は良好で、なんだかんだお互いに「こいつがいればまあ何とかなるだろ」という信頼が芽生えていた。


 実際カインだけで冒険者をしていればすぐに野垂れ死んでいたし、俺だけで冒険者をしていれば、死ぬまで鉄等級にすら登れなかっただろう。


「よし分かった。じゃあこいつで決めようぜ」


 だいたい意見が対立した時、俺とカインの間では暗黙の了解があった。それが素手での殴り合いだ。


「おっ! またカインとニールが決闘するぞ! さあ張った張った!! 戦績はニール三十二のカイン三十だ!」

「ニールに銀貨五枚! 今ノッてるだろ!」

「カインに銀貨十枚! そろそろ勝つはずだ!」


 拠点にしていた冒険者ギルドでは、殴り合いのけんかが日常茶飯事な事もあり、俺たちの殴り合いは格好の娯楽となっていた。


「いい加減そのみみっちい計算よりロマンを求めようぜっ!」

 ばきっ。


「お前こそ金銭感覚を身に付けたらどうなんだっ!」

 どごっ。


「採算なんて二の次だろうが――」

「資金があってこその冒険だろうが――」


『真面目に冒険者をやりやがれっ!!!』

 ばきぃっ。


「ぎゃははっ、今日も二人とも同時かよ!」

「今日はどっちが先に起きるかね……」


 そう、大体の場合、俺たちはクロスカウンターを食らって同時にノックアウトされる。先に置きあがった方が勝利、勝った方のいう事を聞く。それがルールだった。



――



「……」

「ごほっ……はぁ……変わっちまったな」


 口元から血を流し、カインは床に倒れこんでいる。腹部には深々とナイフが刺さり、間違いなく致命傷だった。


「ああ、何処で間違えたのか……」

「よせよ、俺は間違いだと、思ってねえし……お前もだろ?」


 その問いに、俺は応えられなかった。何が正解だったのか、何が間違っていたのか。


 更生の意志がない罪源職は殺害もやむなし。その言葉に本当に従ってよかったのか、それが急に分からなくなった。


「……その煮え切らねえ表情だけは、変わってねえな」

「悪かったな」


 カインの表情から段々と生気が抜けていく。


「そうだ……モニカ達に謝っといてくれ、返事が聞けねえのは、癪だが……」

「ああ」

「……」


 それ以上の言葉は帰ってこなかった。観察するまでもなく、カインの命は尽きている。


 俺はナイフを墓標として、そのままモニカ達が眠る倉庫へと戻っていく。


 ふいに訪れた二度目の別れに、感情を溢れさせないよう努力するのは非常に苦労した。

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