第61話 魔眼:サリエル8

 全てを見通す目を持っていたとしても、それを扱うのはただの生命体であり、心理的、生理的な盲点はいくらでもある。


 俺達が二人だけじゃないのは知っていただろう。

 アンジェがこちらへ向かっているのも知っていただろう。


 だが、俺たちが連携して陽動し、アンジェがとどめを刺しに来るとは予期できなかった。そういうわけだ。


「ガロア神父、俺の方はいいからサーシャに回復を掛けてやってくれ」

「ああ、わかった」


 夕陽が差し始め、段々と朱色に染まりゆく村。


 開拓者が倒されたことで魔物も逃げ出し、残っているのは俺達だけ。建物はかなり荒れて、魔物特有の生理的嫌悪感のある悪臭が室内に籠っていた。


「……」


 俺は自分の足に回復属性の魔法をかけて、撒菱による刺し傷と、自分から負った凍傷の治療をしている。


 じんわりと、徐々に足の感覚が戻り始め、それと同時に治り始めているとはいえ、刺し傷の痛みもずきずきと主張を始める。


「ニール、遺物の再調整、終わった」

「ああ、ありがとう」


 モニカが開拓者の死体から剥ぎ取った眼帯を、きれいに洗ってきてくれた。さすがに血がべっとりと付いたままで、魔物にずっと使われていた物をそのまま使うのはためらわれる。


「で、えっと、ガロア神父……」

「うむ、気にせず使うといい。私はお前に使ってもらうためにここまで戻ったのだからな」


 遠慮がちに聞こうとすると、むしろ満面の笑みで返されてしまった。どうやら遺物を使う事になんの遠慮もいらないらしい。


「じゃあ……」


 潰れて開かなくなった左目に合わせて眼帯を取り付けると、それと体内の魔力がつながるような感覚がして、左目の映像がおぼろげに映し出され始めた。


「ど、どうっすか?」


 アンジェが心配げに顔を寄せてくる。俺はそれを「左目で」知覚した。


「ああ、両眼で見ていた時の感覚にかなり近い」


 確かにもう失った左目の感覚が復活したのはすごい事だ。だが、神の肉体とも言われている遺物としてどうなのかと言うと……


「え、それだけっすか? 壁がスケスケになったりとかは?」

「ないな」

「ええぇー……」


 アンジェは期待外れとばかりに声を上げる。俺も何かがおかしいと思い、ガロア神父に視線を向けた。


「恐らく、開拓者にエネルギーを使い切られたのと、左目の欠損を補うために力を使っているのだろう」


 視線の意図をくんで、ガロア神父は口を開く。


 彼が話すには、遺物には自然回復によって増える魔力のようなエネルギーが貯蔵されており、それを使う事で能力を発揮するらしい。欠損の穴埋めなどはすぐに発動するが、それをしている間はエネルギーの回復速度が落ちる……とのことだ。


「っていうことは、今はただ左目が復活しただけってわけ?」

「そうなるな」


 サーシャのがっかりしたような声に、ガロア神父はきっぱりと答える。


 そう言えば、念力を発動させる前に、開拓者は遺物から光を取り出していた。それがエネルギーなのだろう。


「ええっ、じゃあこれだけ苦労して義眼を手にいれただけ?」

「いや、それでもありがたい。片目しか使えないのはかなり不便だったからな」


 サーシャの不満げな声を否定する。それにこの先、開拓者が使っていたような能力が使えないわけじゃないんだ。時間はかかるだろうが、エネルギーさえ溜めれば使えない事は無いのだから。

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