第47話 夕飯はシチューです

 暫く出来上がるのを待っていたが、遂に「邪魔だ!」と言われて工房を追い出されてしまった。まあ、これでもかというほど採寸してもらったし、変な物は出来ないだろう。


「ふぅ……」


 外はもうどっぷりと日が落ちていて、周囲の空気はまだ冬の気配を残していた。


「あれ、ニールさん、こんな時間にどうしたんです?」


 帰って適当な保存食でもかじるかと思った矢先、両手で薪を抱えたメイと出くわした。


「ちょっと工房でな、メイこそどうした?」

「えへへ、実は薪を切らしちゃいまして、ご近所さんに分けてもらって帰る途中なんです」

「家の手伝いか、殊勝だな」


 そう言って俺は薪を半分受け取って、彼女の家へ向かう事にする。


「……」


 特に話す事は無いのだが、だからと言って無言で歩き続けるのは、少し収まりが悪かった。


「……この村に来て、大体半年か」


 話題を探しに探した結果、見つかったのはそんな当たり障りのない話題だった。


「不自由はしていないか?」

「いえ、全然! たしかに、移住した直後は色々と不便もありましたけど、冬を越したあたりから商人もこの村を通るようになりましたし、これからどんどん発展していきますよ、きっと」


 俺の質問に、メイは楽しげに答える。俺にとって、それはありがたい事だった。


 ガロア神父や、彼に同調していた村人たちの反応が、本来なら当然だった。だが、メイとその父親、ダイクが好意的に接してくれたおかげで、ここまで協力してやってこれたのだと思う。


「それは良かった」


 俺はそれだけ言って、再び口を閉じる。また訪れた沈黙は、今度はどこか暖かい空気を持っているような気がした。


「……あの、ニールさん」

「どうした?」


 しかし、右目に映っている彼女はどこか寂しげな雰囲気を纏っている。うつむき気味に紡がれる言葉は、力なく消え入るようにも感じてしまう。


「えっと、私たちは、ニールさんに助けられてばっかりで、それはありがたいんですけど、なんていうか……そればっかりだと不安になっちゃうんです」

「……? いや、俺も助かってるぞ?」


 現に魔力収束炉は、工房の職人たちが居なければ、作ろうとも思わなかっただろう。


「それは、みんな色々できるじゃないですか、工房の人たちは武器を作れるし、ユナさんとかモニカちゃんは戦えるし、エレンちゃんなんか領主だし……私には、何もないんです」


「……?」

 俺は話が見えずに眉を寄せる。メイはそれに気づくことなく話し続ける。


「怖いんです。ニールさんに見捨てられるのが、ここまでこれたのは全部貴方のおかげなのに、私は何も返せていない。いつか見限られちゃうんじゃないかって、不安なんです」

「安心しろ」


 震える肩に右手を置いて、俺は落ち着かせるように静かな声でメイに話す。


「何も返せていない、なんて事は無い。あの村を出るときからずっと、メイには助けられている」

「え……」

「俺を最初に信用してくれたのはお前だし、村の意見をまとめていたのもお前と父親だ。お前はずっと俺を支えてくれてるよ」


 そうだ、最初は完全にお人好しで助けた村だったが、幾度となく助けてもらったのは事実だし、もうここは俺の生活基盤になりかけている。


 そんな場所で生活して、土地を守ってくれているのは、戦えること以上に大事な事だった。


「えっと……それって――」


 メイが何かを言いかけた瞬間、俺の腹が盛大に鳴った。そう言えば、今日なにも食っていなかったな。


「えっと、その、薪を取りに行ってたのは、シチューを作るためだったんですけど、よかったら……」


「そうしてくれると助かる」


「ふふ、さっそく一つ、ニールさんの役に立てましたね」


 メイは笑って、俺よりも一歩先を軽い足取りで歩き始めた。

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