第48話 アタノール

 翌朝、朝一番に工房へ向かうと、そこには出来上がった魔力収束炉が置かれていた。


「さあ……ニールさん。出来上がりましたよ」


 唯一起きている職人が声を掛けてくれる。周囲は死屍累々と言った感じで、ソファや机の上に寝ている人々がたくさんいた。


「あ、ああ……」


 周囲で死んだように寝ている職人たちを、心の中で労いながら、俺は新しく出来上がった触媒を受け取る。


「籠手型か、取り回しも悪くなさそうだ」


 左手をすっぽりと覆うように作られた漆黒の籠手、それが出来上がったものだった。


「機能を確認してください……スロットは三つ、各属性素材をカートリッジ状に加工して、使えるようにしました。水や雷、地属性などの素材があれば、持ってきてくれれば作ります……」


 職人の言葉を聞いて、籠手の外殻を開けると、二つの素材が薄いガラス板に、標本として収納されている。各々が火属性、氷属性の触媒だろう。それらの取り外しとはめ込みを何度か繰り返して、俺は外殻を閉じた。


「想像以上だな、これほどの物を作れるとは思わなかった」

「でしょう? 素人に設計されちゃ僕たちも困るんですよ……あ、それと、端材が余ったので面白いものを作りました。左手を握りこんで魔力を流してください」


 言われた通り拳を握り、軽く魔力を流してみると、真っ白な板が籠手を中心に展開された。


「魔法盾か」

「氷竜の大腿骨による凍結能力と、呪象の牙による魔法耐性で、魔法に対する高い防御力の盾を作りました……八咫烏の風切り羽のおかげで消去もかなりの速さを実現しましたが、物理攻撃にはそこまで強くないので用心してください……」


 拳を開くと、すぐに魔法盾は萎んでなくなってしまう。


「では、徹夜が効いているので僕も寝かせてもらいます……貴重な素材を触れて、僕はしあわ……」


 座ったまま寝始めた彼に、手を合わせてお礼をする。


 俺はと言うと、昨日は夕飯を一杯食べたし、夜もぐっすりだったので、試運転がてら南の森林地帯へ向かう事にした。



「竜炎っ」

「グギャアアアァァッ!!」


 高速で魔力が流れ、左手から炎が溢れる。ディレイもほとんどなく、クールタイムも半分以下になっていた。


 本来なら、こんな金にもならないし、緊急性の無い討伐はするべきじゃなかった。だが、許してほしい。新しい装備を手にいれたら試したくなるのが性分なのだ。


「久しぶりに貴方から声を掛けてきたと思ったら、まさかこんなことに呼ばれるなんてね」

「悪かったな、新しい装備の試運転なんて、そう付き合ってくれそうな人間は居ないんだ」


 樹上からサーシャが音もなく降りてきて、身体を伸ばす。その姿はどこか狩猟動物じみていた。


「ま、別に迷惑はしてないんだけどね」


 粗方の魔物を片付けたので、俺も魔力収束炉の冷却を行う。付け心地は上々、重さもほとんどないので、ブレスレットくらいは必要かもしれないが。右手にまでゴツい籠手を嵌めなくてよさそうだ。


「デートが狩りっていうのも、エルフの中ではそこまで変な物じゃないし?」

「再会するのが爺さんになる前でよかったな」


 言えてる。そう言ってサーシャは笑った。


 時刻は大体正午より少し前、帰って昼食をとるには丁度いい時間だ。


「ところで、アレ……どうするつもり?」


 どちらともなく帰路へ着きながら、サーシャは俺に問いかけてきた。


「ああ、魔力収束炉も申し分ない出来だし、明日から準備を始めるつもりだ」


 アレとは、ガロア神父の言っていた以前の村に戻るという作戦の実行日だ。


 神父には既に話を通しており、俺とモニカ、アンジェ、そしてサーシャのメンバーで目指す手筈になっていた。


「出発はおそらく三日後になるな」

「三日後ね、わかった。アンジェにも伝えておくわ」

「……ところで、サーシャとアンジェはこれからも村に居続けてくれるのか?」


 いい機会なので、ついでに気になっていたことを聞いてみた。彼女たちは、カインとの戦いで再会してから、特に何の宣言もなくこの村に居ついている。


 もちろんこのまま居ついてくれるのはありがたいが、彼女たちにも生活があるのだ。無理に引き留めるのも悪いし、居る前提で開発計画を考えるのも危うい考えだった。


「基本的にはね、それとも、居ると不都合かしら? メイちゃんと昨日はよろしくやってたみたいだし?」

「居てくれた方が助かる。居てくれ。あと夕飯を一緒にとっただけで、お前が想像するようなことは起きてないから安心しろ」

「ふうん? メイちゃんも大変ねえ……」


 何が大変か分からないが、サーシャ達はこれからもこの村で暮らしてくれるらしく、俺はホッと胸をなでおろした。

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