第27話 ドラゴンスレイヤー2
離れた位置にいるユナの皮膚さえ焦がす炎。それを受けてなお、氷竜の凍鱗は健在だった。
高熱により一気に膨張した体表の大気が、空気の壁となり、表皮まで到達しなかったのだ。
「――っ」
ユナは炎がかき消えるよりも早く、顔を覆う厚手のマスクをつけて氷竜の懐へと飛び込む。大気の鎧を失った氷竜は、すぐに自らの体温を下げて再び纏おうとする。モニカの第二撃以降をしっかりと当てるためには、その隙を与えずに攻撃し続けるしかなかった。
「キョアアアアッ!!」
ユナを認識した氷竜が、氷が擦れるような咆哮を上げて戦闘態勢を取る。氷竜とは言え生物で、身体を動かしている間は少しだけ体温が上昇する。周囲に残る熱気も含めれば、大気を液化させるほどの冷気は纏えなかった。
ユナは不死種特有の鋭利な爪を立て、氷竜の足元を切りつける。しかし氷竜の外皮は固く、傷がつけられないどころか、ユナの指先が凍傷を起こしていた。
「ふっ」
彼女はそれをものともせず、氷竜の顎や鉤爪による傷を受けてなお攻めの姿勢を崩さない。
「キョオオオッ!! キュアアアァッ!!」
氷竜も四方八方へと滅茶苦茶に冷気ブレスを吐き、ユナの動きを封じようとする。しかし彼女は冷静にギリギリのところでかわしつつ、マスクで覆われた顔をしっかりと氷竜へ向けていた。
「っ……ふっ!」
彼女が声を上げないのには理由があった。
氷竜の纏う冷気は、肺の内部すら凍らせて、呼吸器に甚大な影響を及ぼす。口を動かしてマスクをずらすことはもちろん、必要以上に呼吸して空気を肺に送り込むことすら危険なのだ。
「っ!?」
躱しつづけ、撹乱し続ける戦いにも限界は来る。遂にユナの左腕に冷気ブレスが掛かり、腕全体が凍結してしまう。重度の凍傷に、腕の筋肉や組織は完全に腐り、もう切除するほかないだろう。
――彼女が人間ならば。
「……」
ユナは無感情に、それをするのが当たり前というようにためらいなく左腕を叩き割り、氷竜に回し蹴りを入れつつ体勢を立て直した。
「カァァァアアッ!!」
氷竜が威嚇の咆哮を上げる中、ユナは「左腕で」薬液の入った瓶を取り出す。
不死種の肉体再生能力は、あらゆる生物の中で最高と言われている。脳髄を完全に破壊されでもしない限り、再生にそれほど時間のかかるものでもなかった。
瓶を投擲して氷竜に当てると、瓶は砕けて中身が飛び散る。その瞬間、はるか上空から巨大な火球が落下してきた。
「ギャアアアァァアアァッ!!!」
氷竜が悲鳴を上げる中、ユナはニールが作り出した防壁に守られ、その燃え盛る業火を凌いでいた。
瓶の中に入っていたのは蒸留酒をさらに蒸留したもので、高い引火性を持っていた。
これにより、ほんの少し出来ていた大気の鎧さえも貫通し、氷竜自体に火属性のダメージが入る事になる。炎に包まれて苦しむ氷竜は、熱に溶かされて徐々に形を失っていく。
ユナがその姿を注意深く確認していると、氷竜は飛び立って川へと飛び込み、再び現れた時には氷でできた重厚な氷鱗を再び纏っている。
「っ……」
ユナはマスクの下で歯噛みして、再び氷竜へと突進していく。
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