第25話 討伐申請

 エレンと話をした結果、対応としては、氷竜がこちらを認識していないこと、そしてこちらの戦力が不十分なことを加味して、氷竜が居なくなるのを待つことになった。


「……」


 防寒具に身を包み東の空を見つめる。寒さは日に日に厳しさを増し、あまりの冷たさに、風が吹いていると目を開いてることすら難しかった。


 未だに氷竜は架橋地点から動く気配はなく、もしかすると巣作りを始めているかもしれなかった。


 巣を作り、子育てを始めてしまうと年単位で居座られることになる。


「やるしかない、か」


 卵を産んでしまえば、氷竜の獰猛さは手の付けられない状態になる。ただでさえ竜種は人間の集落へ攻め入る事に躊躇が無い。氷竜がその状態になる前に何とかする必要があった。


 俺は半ば雪で閉ざされた森を抜け、領主館へと向かう。


 ユナに取り次いでもらい、エレンと応接間で話すことにした。


 彼女は話す内容に察しがついているのか、神妙な面持ちで、俺が話すのを待っている。


「氷竜討伐の許可を――」

「なりません。みだりに刺激することは領民にとっても不都合でしょう」


 言葉を遮るように否定される。その表情は感情が読みづらかったが、俺は食い下がった。


「このままでは村の発展が大幅に遅れる可能性があります。それに、今後村に危害が及ばないと保証されている訳でもありません」

「現在、エルキ正規軍に掛け合っていますが、動きはありません。援軍も無い状態で、かつ戦力不足の編成で氷竜を討伐できる目算はあるのですか?」


 そんなものは無い。だが、それを言ってしまえば村だけでなく、この領主館まで氷竜が攻め入る可能性もあるのだ。確実性だけで動いていては、死を待つだけになってしまう。


「確証はありません。ですが、勝算はあります」


 氷竜は当然のことながら火属性が弱点だ。現在魔法を実践レベルで使えるのは、俺とモニカの二人が居る。二人で高威力の火属性魔法を打ち込めば、いくら氷竜と言えど倒しきる事は出来るだろう。


「認めません。このまま春まで待ち、エルキ正規軍の援軍を待ちます」


 エレンは頑なだ。しかし、俺も引くわけにはいかない。今を逃せば、氷竜が卵を産むかもしれない。もしくは、こちらに気付いて襲ってくる可能性もある。


「その間に氷竜がこちらを見つける可能性があります。現状まだギリギリ対処できる段階なのです。いま手を打たねば、不測の事態が起きた時、対処が不可能になります」

「絶対に許可できません!」


 応接間に声が響く。想像以上に大声を出してしまったのか、エレン自身も驚いているようだった。


「……お父様が死んで、貴方まで失ったら、私は耐えられそうにありません。どうか、考え直してください」


 絞るようににじみ出る言葉の一つ一つに、エレンの悲哀がこもっていた。俺は言葉を詰まらせたが、それでも引く事は無かった。


「エレン、俺は、絶対に帰ってくる。それに……今行かなきゃ俺だけじゃない、全員が危ないんだ。分かってくれ」


 涙の滲んだ瞳を見据えて、俺は一言一言はっきりと話す。エレンはその言葉を聞いて、あきらめたように目を閉じた。


「わかりました。ですが、絶対に死なないでください。討伐に失敗したとしても、それは絶対です」


 目に溜めた涙が頬をつたい落ちて、エレンはしっかりと俺を見つめ返した。

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