第24話 氷竜出現
各々が持っている食器から、暖かな湯気が立ち上る。雪がちらつき始めたので、タープと呼ばれる簡易的な屋根を張って、その下で焚火と共に作業員たちは集まっていた。
「ありがとうございます領主様。……それにメイちゃんも、この寒い時にシチューはとてもありがたいよ」
「領民が働く姿を見るのも仕事のうちですから」
「大丈夫ですよ、早く道がつながると良いですね!」
二人は現場指揮を行うおじさんと談笑している。彼らには頑張ってもらっているし、工事のペースもなかなかに早い。これで英気を養ってくれればいいのだが。
そう考えつつ、俺は橋の支柱に乗り、周囲を偵察していた。
使ってみてわかったのだが、観測スキルはかなりの精度で魔物の襲来を察知できる。さすがに隠密系の職業が持つ警戒スキルと比べれば劣るものの、その気になれば十分役に立つ探知系技能だった。
雪のちらつく周囲には、常緑樹林が広がっていて、木々の隙間から狼が獲物を求めてさまよっている。こちらの集落へは向かってきそうにないので、無視していいだろう。
小鬼などの魔物と、馬や狼などの動物は明確に区別されている。それは人間に悪意を持っているかどうかが基準となる。今見えた狼はこちらをむしろ避けるように動いている。だとすれば動物だろう。何かの拍子に人の味を覚えたり、こちらから危害を加えない限り、共存は可能なのだ。
そんな姿を見つつ、俺は身体を震わせる。今日は妙に冷える。曇りで日光が遮られているとはいえ、午後になってむしろ気温が下がっている気がする。
何かの異常を観測スキルが察知して、俺は周囲の空を見回す。
「……っ」
目に入ったのは、青白い銀鱗と、透き通るような水晶翼だった。
――氷竜(アイシクルドレイク)
美しい見た目と優雅な飛行姿勢にそぐわない獰猛な性格で、存在するだけで半径数キロメートルは氷点下となる。硬い鱗に覆われた皮膚は常に湿っているように見えるが、実際は液化した大気が付着しており、氷竜自体の体温はマイナス二〇〇度を下回ると言われている。
これは作業中断は免れないだろう、しかし、観測スキルがさっそく役に立ったようで、本当に良かった。
幸いなことに、氷竜はこちらに気付いてはいない。こちらが先に発見できたのは僥倖だ。俺は急いで支柱を降りると、エレンとメイに声を掛けた。
「……二人とも、作業員を連れてすぐに村まで逃げろ」
「ニールさん?」
「なるほど、何か見つけましたね? ニール」
エレンが仕事をする時の雰囲気になったのを察して、俺も居住まいを正す。
「はい、氷竜が近くを通っています。こちらに気付くのは時間の問題かと」
「氷竜!?」
メイの叫ぶような声に、談笑していた作業員たちは何事かとこちらを向く。
「わかりました。避難を許可します。ニール、指示をしなさい」
「はい……よし、みんな聞いてくれ! 一キロ圏内に氷竜が出現した! 全員の安全を確保するために村まで退避をする! すぐに準備にかかってくれ、作業は途中でもいい!」
ラウドボイスのおかげで、気づいていなかった作業員も、現在の状況を察して、避難準備を開始する。
「ニール。後で対応を協議します。領主館まで出頭なさい」
「はい、了解しました。……よしメイ、避難誘導を頼む。当面は教会に避難しておけば大丈夫だろう」
「は、はいっ」
氷竜と言えば銀等級以上――つまり、木から白金までの六段階ある魔物の等級で、上から三番目に位置している。カインたちのパーティは銀等級だったので、今の俺達では討伐できるか怪しい。可能ならこのままどこかへ去ってくれるのを待つのが得策だ。
「そう上手くはいかない……ってことか」
慌ただしく準備する作業員たちを見て、俺は奥歯を噛みしめた。
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