第9話 エルキ共和国コスタ領の廃村にて

 日没を過ぎてもニールがメイたちと合流する事は無かった。


「ニールさん、どうしたんだろう?」


 メイは用意された古民家で、父親であり村長のダイクと寄り添っていた。暖炉は点いているものの、冷たい夜風が隙間から入り込み、室内でも何かを羽織らなければ凍えてしまいそうだった。


 村を出てからの日数と今までの強行軍を考えれば、屋根のある場所で夜を明かすことができるだけでも、破格の条件なはずだった。


 これほどの待遇を得るために、彼は一体どんな対価を払ったのだろう。そう考えると、メイは寒さ以外で身体が震えるのだった。


「……分からないが、私たちの為に奔走してくれていることは分かる。彼が戻ってくることを祈ろう」


 ダイクは短くそう言って、暖炉に薪をくべる。木目は端の方から徐々に黒く染まり、他の薪と同じように炎に包まれていく。


 それ以上の会話はなく、薪の爆ぜる音と、新たに投げ込まれる音だけが延々と響く。


「ここか」


 投げ込まれる薪が、かなりの数になった頃、家の扉が唐突に開いた。


「ニールさん!」

「おお、無事だったか!」


「すまない、遅くなった。すべての家にこれを配っていてな」


 ニールは挨拶もそこそこに、大きな毛布を一枚、ソファの上に置いた。


「コスタの冬は訪れが早い。領主エレンからの支援物資だ」


 事も無げに言うが、口でどう言ってもメイたちは難民のような物である。そんな人々に、わざわざ各家庭にいきわたるような毛布を、こんな速さで配れる筈が無かった。


「ニ、ニールさん……いったいどうやって」

「エレンに頼んだ。まあ、そのお陰で彼女をあやすのに時間がかかったが」


 村長であるダイクが尋ねると、ニールは視線を逸らしつつそう答える。


 つまり、領主と直談判して長い交渉の末、毛布を勝ち取ったのだ。ダイクもメイもそう察した。


「ありがとうございます……ニールさん」

「俺はくれと言っただけだ。感謝はエレンにしてくれ」


 ニールはメイにも視線を合わせないまま、そう言って家を出ていく。


「安心して寝るといい。俺は夜の見回りをしてくる。家事妖精(キキーモラ)が管理していたとはいえ、しばらく人の暮らしていなかった土地だ。周囲の状況を把握しておきたい」


 外套を翻して、ニールは夜の闇へ溶けていった。



――



 周囲を見回ったが、夜中という事もあり、周囲に魔物の痕跡は見当たらなかった。


 家事妖精とは、魔法使いが使役する使い魔の一種で、主に掃除など、家屋の管理をしてくれる存在だ。


 ただし、家を管理してくれるが、大規模な修繕や家の外は力が及ばない範囲であり、つまり魔物の集落と隣接している可能性がある。


 まあ簡単に言うと、ここは安全確保できていない状態の集落なのだ。


「ふぅ……」


 一息ついて、頭の中で村の地理を整理する。


 周囲を森に囲まれ、東に三〇分ほど歩いたところに川がある。水源は潤沢で、井戸は中心部にある教会の敷地内。川上である北方へ馬を走らせると数時間で領主の館まで着くという利便性の高さもなかなかの魅力だ。


 とはいえ経済的には不利な条件がそろっており、森に囲まれているが故の交通の不便さ、特に経済的に発展している国境付近への道が、川に阻まれているのが致命的だ。


 加えて見ての通り、耕作地が圧倒的に足りない。農耕をするにしても、商売をするにしても、かなりの公共事業が必要になりそうだった。


「……」


 気がめいりそうな考えを振り落とすと、俺はさっきの出来事を考える。


 コスタ領というよりも、エルキ共和国は秋口から急激に冷え込む気候だった。だからこそ、エレンに毛布をねだったのだが、応じる代わりに執務が終わるまでずっと膝に乗せる羽目になった。


 日が落ちた後に急いで集落へ向かい、毛布を各家庭へ配ると、感謝され、泣き出す人までいた。悪い気分じゃないが、なんとも気まずい。俺はただ幼馴染と育ての親、その二人と楽しく話していただけなのだから。


 明日以降の行動を考えつつ、俺は油断なく周囲の警戒を続けて、夜は更けていく。

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