第8話 エレンとユナ
「驚くことは無理ありません。わたし自身、領主の責を継いだのはほんの数か月前です」
エレンは大きな椅子に不釣り合いな小さな体をちょこんと乗せ、威厳ある口調で話す。どこからどう見ても違和感のある姿だったが、村長とメイはなんとか反応せずにいてくれた。
「お心遣いありがとうございます。領主様」
「わたしには、貴方達をエルキ国民として受け入れる準備があります。故郷を魔物に奪われた心中、察するに余りありますが、どうかこのコスタの地で、新たに種を蒔き、育て、刈り取って欲しいと思います」
エレンは女領主としてふさわしい佇まいで、避難してきた全員を受け入れると宣言した。それは難民として破格の待遇であり、事実村長もメイも深々と頭を下げている。
「ありがとうございます……必ずや、領主様の信頼にお答えいたします」
恭しく村長が言って、メイもそれに続く。領民受け入れの話は終わったので、これからの税や住居の話となる。
ここら辺は面倒な言葉とか装飾が多いので、色々と聞き逃してしまったが大体はこういう事らしい。
一、租税は基本的に収穫、利益の五割とする。
二、飢饉等で支払いが難しい場合は控除を申請できる。
三、それとは別に人頭税があり、それは飢饉対策や公共事業の為に使われる税金で、一人当たり一年で金貨三枚。こちらも飢饉や戦災など、不測の事態が起きれば控除を申請できる。
他にも公共事業への徴用や、治療院への喜捨など、その他諸々があったが、わざわざ聞くまでも無いと思ったので、聞き流してしまった。
「――分かりました。お受けいたします」
「後日書面で内容を送りましょう。文字の読み書きができる者はいますか?」
「はい、ございます。わが娘のメイが」
「良いでしょう。では、お下がりなさい」
「はい」
村長とメイは立ち上がり、部屋を出ていく。俺もそれに続こうとして、背を向けた時。声が掛かった。
「ああ、ニール。あなたには話があります。少し残りなさい」
「……はっ」
まあ呼び止められるとは思っていた。いきなり帰ってくると思ったら「難民を受け入れてくれ」だ。文句の一つや二つあるだろう。
「二人とも外に出て言われた耕作地へ向かっていてくれ、俺は後で馬を走らせる」
「わ、わかった」
「ニールさん、またあとで」
すっかり安心したように二人は出ていく、難民はろくに扱ってもらえないまま、国境付近で何週間も放っておかれることが珍しくはない。だからこそ、彼らはエレンを信用したようだ。
「ふぅ、すまないな、いきなり来て難民の押し付けなんかして」
ドアが閉まるのを確認すると、俺はエレンとユナに向き合った。
「構わないわ、ニール。あの時の私と同じように、貴方もやるべきことをやっただけだもの」
ユナは柔和な微笑みを浮かべる。その表情は女神のようで、神々しいまでの母性を湛えていた。
「全く、何があったかは知らないけれど、私たちをもっと頼りなさい。あとわたしも適度に甘やかしなさい。居なくてどれだけ寂しかったか分かってるのですか?」
唇を尖らせたエレンは年相応の少女に見えた。
「……」
俺はその姿に懐かしいものを感じつつ、小さな女領主に跪いた。
「エレン様、領主就任おめでとうございます。僭越ながら一番の臣下として、頭を撫でさせていただけないでしょうか?」
「よろしい、許します。適宜膝に乗せたり抱きしめたりして、存分に甘やかしなさい」
芝居がかった口調で俺たちはやり取りして、互いに笑い合った。
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