第5話 村脱出

 元々住人も少なく、規模の小さな村だったお陰で、二日目の朝には出発の準備が整っていた。


「ニールさん! こっち準備できました! あと頼まれていた物も!」

「よし、村長に準備ができ次第出発しろって伝えてくれ」


 声を掛けてくれたメイを先に行かせ、俺は借りた馬を駆って最後の一人を迎えに行く。

 人気のなくなった道を通り、教会にたどり着くと、馬を降りてその扉を開けた。


「ひぃっ!?」

「ガロア神父、全員準備は終わったそうだ、あなたも来てもらおう」


 禿げ頭で小太りの、僧衣を着た男。それが最後に残った一人だった。


「い、嫌だ! ふざけるな! 私は村から出ないぞ!」

「このままでは開拓者に殺される。行先での生活は必ず保障するから――」

「ダメだ! よそ者など信用できん!」


 とにかく頑固で、この土地を離れようとしないこの男は、再三にわたる俺の要求を拒んでいる。


 おいて行けばいい、とも思ったが、ここまで来てそう切り捨てるのは、抵抗があった。


 殴って気絶させた状態で運ぼうか思案していると、入り口で馬がしきりに耳を動かしていることに気付く。


「そもそも開拓者がまた来るなどと……」

「ちっ……遅かったか」


 馬は人間よりも何倍も敏感で、俺たちが気づかない魔物の気配も敏感にかぎ取ってしまう。彼らが落ち着かないということは、近くまで魔物が迫っているという事だった。


 神父に詰め寄り、俺は肩をつかむ。


「ガロア神父、あなたは村にとって絶対に必要な方だ。村長を含めた村人全員が既に広間に集まり、あなたの到着を待っている」


 俺は神父の目をしっかりと見据えて言葉を一つ一つ紡ぐ。


「どうか信じて欲しい。現在、すぐそばまで魔物が迫っている。あなたが馬に乗って駆けていけば、村人全員と共に脱出できる。協力してくれ」

「……」


「わかった。だが、この教会の物は何一つ触れるな。そして、移動中は私の目の届く場所にいろ。それが条件だ」


 俺の気持ちが通じたのか、ガロア神父はようやく首を縦に振ってくれた。


 すぐに彼を馬にのせて、彼は駆けていく。それを追いかけるように俺は走り始める。


 すぐにでも襲撃が始まってもおかしくない状況、加速を使って追いつきたいところだが、クールタイム中に緊急事態が起きないとも限らない。ならばこのまま遅れつつも走って追いつくしかない。


「っ!? 竜炎っ!!」


 俺は村の外、森の中で動く気配を感じ、そちらへ魔法を放つ。


「ブヒイイィィィィイッ!!?」

「豚鬼(オーク)……!」


 豚のような鼻と、気分の悪くなるような肌色をした魔物が、炎に包まれて転げまわる。


 斥候か、急がなければ――


 そう思った時、村人たちのいる方向から馬車の出発する音と、何かに気付いたメイが叫び声をあげるのを聞いた。



――



「ガロアさん! 早く!」

「ええい急かすな! 乗馬なんぞ三、四回程度しか経験ないわ!」


 私が声を上げても、ガロアさんの馬は速く走らない。それでも声を上げ続けるのは、黙ってしまえば迫りくる大勢の魔物に飲み込まれてしまいそうだったからだ。


「メイちゃん! 鍋とか食器、あるにはあるけど、どうするの?」


 私の後ろから、馬車に乗り合わせたおばさんが木製のお皿とか、鉄鍋を渡してくれた。


「ありがとうおばさん! これは、こうっ、するのっ!!」


 力いっぱい、私はそれを投げる。


 ガロアさんを越えて、地面に落ちたそれは、魔物たちにダメージを与えられるはずもない。


「ギッ……」


 だが、魔物たちの警戒心を刺激するには十分で、少し速度の落ちた群れから、ガロアさんを引き離して、私たちの前に行かせることができた。


「ひぃ、ひぃ……感謝するぞ、メイちゃん」

「いいからもっと距離を取って!」


 村から既に脱出し、私たちを追撃しようとする魔物は数を減らしていた。


 だけど、残った魔物は変わらず私たちを追いかけてくる。もう投げられそうなものは、ニールさんに言われて作ったもの以外、何も残っていなかった


「おじさん! もっとスピード出せない!?」

「限界だ! これ以上は馬が潰れちまう!」


 ちらっと後ろを見ると、馬はしきりに首を振っていて、とても辛そうだった。追いかけてくる魔物は、距離をさらに縮めてくる。


「ブギィイイイイィィッ!!」


 来る! そう思った瞬間、声が聞こえた。


「杖を上に投げろ! メイっ!!」

「――っはい!!」


 声の通り、ほとんど反射的にニールさんの頼んでいた物を投げる。その軌道は綺麗な放物線を描き、唐突に黒い影にさらわれる。


「神雷(ディヴァインサンダー)っ!!」


 発せられた声が私に届くよりも早く、追撃をしていた豚鬼たちは轟音と共に光に包まれ、全身を焦がして絶命する。


 その中から駆けてきたのは、この村を救った英雄の姿だった。


「ニールさん!」

「っ……ははっ間に合ったな、載せてくれ!」

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