第4話 ニールの誓い
状況を理解した村人が俺を見つけ、その村人が人を呼び、俺はあっという間に取り囲まれてしまう。
「ありがとうございます。なんとお礼を言えばいいか」
「何もない村ですが、どうか一晩だけでももてなしを受けていただきたい」
「さあ、遠慮なく、さあさあ、村長にも挨拶をしていってください」
……というわけで、俺はこの村で、一晩足止めを食らうことになった。
「はぁ……」
無駄足……というわけではないが、想像以上に厄介なことに巻き込まれてしまった。質の悪いことに、俺の失態が原因の一端にあるので、知らんぷりするわけにもいかない。
「どうしました? ニールさん」
「憂鬱なんだよ」
巻き込まれた元凶である少女をうらめしく睨む。彼女は特に悪びれた風もなく、疑問符を頭に浮かべるだけだ。
「大丈夫ですよ、お父さんは怖い人じゃないですから」
そういう問題でもないんだよ……説明が二度手間になるので、とりあえず早いところ村長の屋敷まで向かおう。
――
「村を出ていけ?」
村長は人のよさそうな顔をした初老の男性だった。そんな彼は、俺の言葉に驚いたようで、目を見開いた。
「そうだ、それも可能な限り早く」
「ちょ、ちょっと待ってくださいニールさん! 開拓者は追い出したじゃないですか」
少女が食い下がる。確かに、素人からすればそう思うのも当然だろう。
「……理由を聞きましょう」
「開拓者は陰湿で、なおかつ執拗だ」
俺は経験も踏まえて、開拓者の危険性を説明する。
魔物の特殊個体である開拓者は、一度失敗した占領を、更に大きな群れを率いて攻める習性がある。
その間隔は通常一週間、早ければ三日と経たずに倍以上の魔物が襲ってくることになるのだ。
「死にたくなければ、早馬を用意して近くのギルドへ討伐依頼を出すか、ここを捨てて新たな土地を目指すしかない」
しかし村を見るかぎり、開拓者の軍勢を相手取って戦える人員を雇う金もなさそうだ。ならば、できる事は一つだけだった。
「お察しの通り、我々にはギルドに依頼するようなお金はありません……それに我々は、この土地から出たこともなく、村の外に頼れるものなど……」
「俺が用意すると言ったら?」
諦めが混じる村長の言葉を遮るように、俺は問いかける。本当ならこのまま放っておいても良かった。だが、俺には負い目があり、それを解決するための伝手もある。
「少し離れた土地に、俺の育った領邦がある。それほど大きくはないが、領主に掛け合えばこの村にいる全員くらいなら、受け入れる用意があるはずだ」
ここまで言って、俺は言葉を切る。手は差し伸べた。その手を掴まないなら、俺に助けることはできない。
「……信じて、いいのでしょうな?」
「勝手にしろ。ただ、数日中に開拓者が再侵攻するのは事実だ。悠長なことは言っていられないぞ」
眉間にしわを寄せ、考え込んでいた村長だったが、遂にはゆっくりと首を縦に振った。
「身に着けられる大事なものだけを持ち出せ!」
「馬車と牛車を用意しろ! 出来合いでもいい!」
「開拓者の再侵攻まで日が無いぞ! 急げ!」
怒声が飛び交う村の中で、俺は故郷へ向けて魔道文を飛ばす。使い切りだが、正確にメッセージを目的の相手に送れる魔道具だ。
文章の内容はゴテゴテさせず、シンプルにしておいた。簡単な方が分かりやすいだろ。
「……」
慌ただしく動く人を見ながら、少女はじっとしている。この景色を忘れないよう、目に焼き付けているようだ。
「……魔物の襲撃にあった集落は、規模の大小はともかく、以前と同じようにはならない」
隣でじっとしている彼女にだけ聞こえるよう、声を絞って話す。
「何度も見てきた。死体の山で高笑いする開拓者、俺の言う事を信じずに全滅した集落、家畜として人間の尊厳を失った人々……」
少女は俺に視線だけを向ける。その眼には静かな炎が灯っていた。
「その中でも、この村は違った」
そう、この村は違ったのだ。土地の愛着、今までの生活、多くの家財、全てをなげうってでも、生きることを選択したのだ。俺はそのことに大きな期待を感じていた。
「ニールさん……」
「そういえば、名前を聞いていなかったな……何て呼べばいい?」
「メイ、です」
名乗った少女の目を見て、俺は自分に言い聞かせるように言葉を選ぶ。
「メイ、これからこの土地を離れる。だけど恐れるな、俺が責任をもって安全な土地へ送り届けるし、いつか必ずもう一回ここの土を踏ませてやる」
これは、自分にとっての誓いだ。
巻き込まれたとしても、自分に責任の一端があるなら、出来る限りのことはする。俺はそうやって生きてきた。
もちろん、これからも。
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