第3話 村奪還

 意外なことに、魔物が人間の集落を襲うのは、そう多くない。


 絶対に共存できない不俱戴天の存在だからこそ、お互いの生存域に立ち入る危険性は、向こう側も理解しているのだ。


 例外となるのは、開拓者(コンキスタドール)と呼ばれる特殊な魔物が現れた時だ。


 それは魔物の版図をひろげるべく、魔物たちを率いて、人間の生存圏へと侵攻する。


 それを人間側の傭兵や冒険者が取り返し、延々と戦いは続く。そういう状況がこの世界の常だった。


「まだ生かされているな」


 目を閉じた視界に老人の姿が見える。


 俺は遠くから、支援魔法の探査眼(サーチアイ)による偵察をしている。遠くから敵情視察を出来る便利スキルだ。魔術の素養がある相手には気づかれる心配はあるが、メリットとデメリットを考えても十分有用なスキルだ。


「本当ですか? よかった……」

「良くはないな、むしろ状況は悪い」


 人間よりも力で勝る魔物は、得てして侵略が成功した時点で人間を皆殺しにする。


 それをしないという事は、しないだけの理由があるという事で、つまりそれは相手に知性があるという事だ。


 人間は家畜としての価値が高い。


 知性が高く、手先が器用で、力の弱い存在は、魔物にとって非常に有用な家畜となる。吐き気を催すような事実が、この状況を作り上げていた。


「……」


 俺は探査眼を移動させて魔物の戦力を分析していく。不幸中の幸いか、開拓者以外は小鬼(ゴブリン)が中心の編成だった。これなら開拓者さえ倒せば瓦解するだろう。


「よし、行くか」

「は、はいっ」


 開拓者の居場所に目星をつけ、俺は歩き始める。支援マスタリーがLv5程度あれば確実に見つけられるんだが、俺のレベルでは建物内部は見ることができなかった。触媒でもあれば違ったんだろうが、生憎今頃はカインの昼食になっている事だろう。


 足音を殺し少しずつ近づいていく。


 夜に攻めればいい。という意見もあるが、人質がいる場合、彼ら自身の意識がはっきりとしている昼間の方が、村の解放には有利に働くと俺は思っている。


「全力で開拓者の場所まで走って、そいつを殺す。それがベストだ」


 少女を気付かれないギリギリの位置で待機させつつ、俺は作戦とも言えないような作戦を言って聞かせた。


 彼女は小さく頷き、俺の無事を祈るように両手を握った。

 一人になり、身軽になったことで俺は支援魔法の加速(アクセル)を使う。


 一歩、投げ捨てたナイフの鞘が落ちるより速く、地面を蹴る。

 二歩、草木を掻き分ける音より速く、見張りの小鬼を撫で切りにする。

 三歩、血が吹き出すよりも速く、その場を離脱する。


 背後で小鬼が倒れる音を聞きながら、俺は村の中心部へ駆けていく。


 加速……支援マスタリーLv分の歩数だけ対象を超加速させる支援魔法だ。発動までのディレイと再使用までのクールタイムはかなりあるが、それによって得られる恩恵は計り知れない。


「竜炎!」

「ギィイイイイイイイ!!?」


 不意打ちによって出来た相手の混乱は、俺にとってかなり有利に働いた。占領済みだからと、気を抜いて武器すら持っていない小鬼までいて、魔法を打ち込むと面白いように燃えた。


「はああっ!!」


 村で一番大きな家、その扉の前で門番のように立ちふさがる小鬼を、ナイフで切り伏せる。俺はそのまま息つくことなく扉を蹴り開けた。


「ギギッ!?」


――帽子をかぶった恰幅の良い男。


 それが開拓者のパッと見た印象だ。その姿を視認すると同時に、俺は加速を発動しようとして、クールタイムが終わっていないことに気付く。


「っ……氷刃(アイスブレード)!」


 氷でできた刃が開拓者を襲う。


 しかし一瞬の遅れが敵の生死を分けた。氷の刃は開拓者の首を切断せず、首の皮一枚を切るだけで後ろの壁へ刺さってしまった。


「くっ! 雷撃っ!」


 ディレイとクールタイムが重なり、初級魔法しか打てなくなる。しかし、その一撃も開拓者を殺しきるには不十分だ。


「ギョオオオオオオアアッ!!」


 開拓者が悲痛な声を上げる。それと同時に周囲の窓や出入口から小鬼がなだれ込んできて、開拓者を担ぎ上げる。逃亡するつもりだ。


「ま、待てっ!!」


 魔物に人間の言葉が通じるはずもない。開拓者は小鬼に担がれ、猛然と逃げ出した。


「……逃がしたか」


 触媒の杖を手放したことが、今になって悔やまれる。


 俺は村人たちが自力で戒めを外し、困惑と安堵の声を上げ始めるまで、その場に立ち尽くしていた。

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