第52話 別れの時は近い
『ゲーミングハウスに入りたくて』
帰ってきてすぐの夕食で、隼くんがそう切り出した。
どうやらこの家を出て、FPSに集中したいという
既に家の方には許可をもらっているようで、むしろ勧められたという話も聞いた。
「そっか……まあそうなるよね…………」
よくよく考えたら、隼くんは家を出ていくことを私が止める理由なんてどこにもないんだよね。
止めていい理由が、どこにもないんだよ。
「どんな顔してたんだろ、わたし」
隼くんはすごく申し訳なさそうな顔をしていた。
もしかしたら隼くんは優しいから、私の家の家事が出来なくてごめんって思ったのかもしれない。自分勝手に居候して、自分勝手に出ていく決断をしてごめんって思ったのかもしれない。
でもよく考えたら、謝られる理由なんてどこにもない。だって、もともとは一緒に暮らしてなかったんだもん。
最初から、こういう別れが来ることは分かってたんだから。
「……ばかだなぁ、わたし」
涙が、溢れていた。
みっともなく
家にいて、一緒にいて、ご飯を一緒に食べて。いや、ちょっと違う。
行かないで、いなくならないで。多分私の気持ちはこっちが正解。
今までの生活を続けたいだけなんだ。変わってほしくないんだ。
でも、口には出せない。
だってそれを言うってことは、隼くんの足を引っ張りたいって言ってるようなもんだもん。
それで結局、隼くんは私に幻滅して出ていっちゃうだけだ。出ていかなかったとしても、私の見る目が変わって遠慮をするようになっちゃうだけだ。
「どうしようもないんだよ…………」
だから、私はバカなんだ。愛想尽かされちゃう前に、行動を起こせばよかったのに。
隼くんの目の前で情けなく未練がましい顔をする前に、応援する言葉をかければよかったのに。
「んぐっ、うえぇっ、ぐすっ……」
醜い女の鳴き声は、夜の間ずっと枕に染み込んでいった。
ゲーミングハウスへの移住が一週間後に控えた俺は、ゲームが大不調に陥っていた。
『うーん、精彩を欠いているというか、動きにムラがあるね。今日は落ち着いて、また明日からにしよう』
「はい……すみません」
その不調により、全体練習はいつもよりも一時間早く終わった。
簡単に言えば、「今日のお前は使い物にならないから、さっさと寝ろ」ってことだ。
『siX君、頑張りたまえ』
『じゃあお疲れ』
「お疲れ様です」
みんな抜けて俺一人になったところで、大きくため息を吐いた。
「はぁ…………」
不調の原因が分からない。エイムが悪いような感じもするし、立ち回りが雑になっているような気もする。
そしてそういう要素が少しずつ重なって、いつものプレイから大きく遠ざかっている。そんな感じがする。
こういう不調は別にそこまで珍しいことではない。「今日は調子が悪いなあ~」って思うことはよくある。
でもチームで練習している以上は、ある程度は一定のパフォーマンスを維持できなければいけない。
Xが急成長を遂げてチームの戦力になっている現状、役立たずは俺なのだ。不調とか言っている場合ではない。
『どうしたの、なんかあった?』
「まだいたのかよ……」
『ごめん』
全員抜けたと思ったが、Xは残っていたらしい。
「どうした? なんか用か?」
『用だね』
「用だね、って……。手早く済ませてくれ」
『分かった。1on1で戦おう』
「…………は?」
Xの提案を聞いた時、意味が分からなかった。
弱い俺をボコボコにしたいのか、それとも暇つぶしになれって言っているのか……どっちかは分からないが、Xらしい提案とはいえる。
「いいぞ」
『ちなみに負けた方は勝った方の言うことを聞く、ね』
「なんだそれ。……まあいいけど」
Xは勘違いをしている。
俺は1on1にはめっぽう強い。
1on1に必要なのは戦術ではなく、瞬間の閃き。
それは俺の方がXよりも優れているところだ。
さっさと終わらせて、今日は休みたい。
「5本先取な。じゃあやるか」
『うん、いつでもいいよ』
後にも先にも、俺が誰かと1対1の勝負をしたのはこれだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます