第51話 誘い

『すごいね、まだやるの?』

「やる。やらなきゃいけないから」

『……なにかあった? まあいいけど』


 帰ってきてから、俺はXに無理を言って練習に付き合ってもらった。


 5,6時間、みっちりとやってもらう。ゲームをしていた方が余計なことを考えなくて済んだ。

 こういう日に限って妙に調子がよかった。


 Xも俺の事情を聞かずに、ずっと練習に付き合ってくれる。言葉遣いは酷いことが多いが、なんだかんだいいやつだ。


「悪いな、付き合わせて」

『別に。私も最近あなたがずっと休んでたから、練習したいと思ってたところ』

「二重の意味ですまん」


 そういえば御伽と旅行に行くって言った時、Xが死ぬほど不機嫌になってたのを思い出した。

 どんだけFPSバカなんだこいつは。ていうか『ずっと』っていうけど1日や2日だけどな。


『なんか馬鹿にされた気分なんだけど』

「馬鹿にしてない馬鹿にしてない。マジで」

『ふんっ』


 というかいつ見てもオンラインなんだけど、こいつ。バケモンじゃない?


『あら、やってるわね』

「あ、お疲れ様です」


 そんなたわいもない話をしていると、Rainyも通話に入ってきた。


『まだ練習時間まで1時間ありますけど?』

「なんで喧嘩腰なんだよお前は」

『2人ともずっとやってたから、ちょっと参加しよっかなって。大丈夫、やりすぎてない?』

「大丈夫です。最近やってなかったんで、ちょうどいいくらいです」


 Rainyはチーム練習以外は、いつも射撃訓練場でエイム練習をひたすらしている。だからこうして練習時間よりも早く来ることは珍しかった。


『一戦だけカジュアルやって、そのあとはとりあえず3人でランクを回しましょうか』

『3人ですか? ちょっと早いですが、どうせならアイアンメンさんも入れて4人でやればよくないですか?』


 Xが普通に理由を尋ねている。

 ……ように聞こえて、実は『アイアンメンさんはサボりですか?』と聞いている。


 しかしRainyさんは落ち着いた口調で答える。


『彼は今日、用事で来れないのよ。昼食べたときに、家族の用事って言ってたかな』

「へえ、そうなんですか。……昼食べたときに?」


 おやっ、と思ったらXが先んじて聞いていた。


『お2人って付き合ってるんですか?』


 相変わらず駆け引きも何もない、直球な質問。

 もし付き合ってるってわかったら、ちょっと気まずくなるけどな……。


『付き合ってないわよ?』


 杞憂でした☆


『一緒に住んではいるけど』


 杞憂じゃありませんでした☆


「え、ええ⁉」

『結婚してたんですか……』


 まさかの一歩先だった。びっくりどっきり。


『結婚してないわよ?』

「ふふふふ、不倫ですかぁ⁉」

『……最低です』


 やべえことを聞いちまったな……。まさかRainyがそんな人だったなんて。

 忘れよう、忘れよう……。


『2人とも、思春期ねえ……。まあ違うんだけど』

「じゃあどういったご関係なんですか?」


 他に思い当たることで行けば……元恋人とか? それとももしかして親子? いやいや、それは。


『別に同居人以外の何物でもないわよ』


 しかし思いがけず出てきたその言葉に、ちょっとダメージ。

 おうふっ、そこはちょうど最近できた傷口なんだな。


『ゲーミングハウス、ですか?』


 そんな俺を無視してXが答えを言い当てた。


『そう。今は私と彼の2人にスタッフが1人住んでいるわ』

「ゲーミングハウスってなんですか?」

『え、知らないの?』


 Xが呆れた声をしている。

 すみません、あんまり詳しくないものですから……。


『ゲーミングハウスっていうのはね、大会に出るメンバーで同じ家に住む、その家のことよ』

「一緒に住んで、同じ部屋でやるんですか?」

『場所によってはそういうこともあるけど、別の部屋であることも多いかな。配信とかすると、同じ部屋で困ることも多いしね」


 同じ家に住んで一緒にゲームをするってことか。


「でも別の部屋なのに一緒の家に住むメリットってあるんですか?」

『あるわよ。たとえば食事をするときにゲームの話ができるでしょ? そうすると考えや価値観が近くなっていくのよ』

「ああ……なるほど」


 たしかにそれは大事だと思う。


 普段は誰かが指示をすれば連携に支障が出ることはない。

 だけど緊急事態、予期しない出来事が起きたときはそれぞれが自分の考えに従って行動する。


 たとえばいきなり急襲されたとき。

「車の影の方が安全」と思う人と「逃げて距離を取った方が安全」と思う人とでは行動が変わってくる。そして行動が違うとそれが隙になり、大会ではミスと呼ばれてしまうのだ。


『他にも大会とかで負けたプレーを、一緒の部屋で見て文句を言い合ったりもできる。あとは単純に仲が良くなれるでしょ?』

「なるほど……」


 それでRainyとアイアンメンさんはあれだけの連携ができるのか。

 もちろん一緒にプレーした時間もそうだけど、この前のFAカップの時の強さは半端なかった。


 なるほど、あの成績も納得だ。


『私、ゲーミングハウスに行きたいです』


 そして俺が納得している間に、Xがそんなことを言っていた。


『うーん、まあいいんじゃない? スタッフの人にも言わないといけないけど、女の子が増えるのは嬉しいし。どうせあなたもこのチームに所属するんだし』


 Xはその実力と努力が認められ、高校卒業とともにLLへの所属が決まっている。


 ゲーミングハウスに入る流れも普通だ。


『それで、六原くんはどうする?』


 じゃあ俺は? 俺はどうするのが正しいんだ?


『まあこれは焦ることでもないし、まだ高校2年生だから気が早いけど』

「行きます。すぐにでも、ゲーミングハウスに入らせてください」


 正しいかどうかなんてわからない。


 それでも明日帰ってくる人間のことを考えると、俺は逃げたくなってしまうのだった。


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