第50話 残される立場
私は隼くんをホテルで見送った後、昨日と同じように撮影現場に向かった。
「頑張れよ。応援してるから」
隼くんが最後に言った言葉。あれがどうにも引っかかるところがあった。
いや、それよりも前から。隼くんの様子がちょっと変だった。
というのも昨日から隼くんは全然楽しそうじゃなかった。
無理やり連れてきてしまったからだろうかとも思ったけど、始めに名古屋に着いた時はそこまで退屈そうに見えなかった。
じゃあ演技を見るのが面白くなかったのかと言われたら、そうかもしれないしそうじゃないかもしれないって感じ。
たしかに午後になって元気がなくなったけど、それは演技が退屈だったからかは分からない。
でも…………他に思い当たんないよ。わたし、そういうの分かんない。どんくさい女だ。
「おや、すみれさんの連れの男の子は帰ってしまったんですか?」
現場についてスタッフさんに挨拶をしていると、蓮馬さんが尋ねてきた。
「……そうみたいです」
私は隼くんとは関係がない設定。だから他人事のように返した。
いたって普通に返事をしたつもりだった。しかし、蓮馬さんはそう思わなかった。
「どうしたんですか? 元気なさそうですけど……」
本当に心配した様子で蓮馬さんが聞いてくる。
この人はほんと、いつも人の心配ばかりしてる気がするなあ。自分のことでいっぱいいっぱいの誰かさんとは大違いだ。
「いえ、大丈夫です……」
「そうですか。ならよかった」
安心した様子で蓮馬さんが笑う。
この人は隙がない。だからこそ深い仲にはなれないタイプ。
悪い人じゃないんだけど、どこか近寄りがたいところはある。たぶん彼も人を深く自分のスペースに入れたくないタイプだろうな。
お互いこういった距離感がいいと思ってる。私たちは演技でしか自分たちを表現できないんだろうな。
これもまた、どっかの一生懸命な少年とは大違いだ。
「彼は、あなたにとってとても大切な人なんでしょうね」
しかし、蓮馬さんは私の思いもよらないことを口にした。
「私にとって、ですか?」
「ええ」
蓮馬さんは興味がなさそうだった。私と隼くんの関係を探っている様子はない。
どちらかといえば、羨ましそうだった。宝物を見るような、生命力が希薄になった笑顔だった。
「僕は、恋をしたことがないもので」
「こ、恋⁉」
そんな彼の言葉でも、さすがに聞き捨てならない言葉が出てきた。
「違うんですか?」
「こ、恋だなんて、そんな‼」
否定をしなきゃいけない。それは自分の気持ちがどうとかではなく、芸能人的に。
でも、蓮馬さんはスキャンダルのようなことは気にしていないようだった。
「羨ましいです。御伽さんは演技以外のことにも幸せを見つけたんですね」
「い、いや、ですから、あのっ」
「いいんです。誰にも言う気はないです。むしろ応援してます」
私に否定するタイミングも与えず、蓮馬さんは独特の語りをする。
「僕はまだ知らない世界です。どうなったか教えてくださいね」
彼の中では話が終わったようで、監督との打ち合わせに戻っていく。
「あ、でも1つ」
「……な、なんでしょうか?」
「週刊誌には気を付けてくださいね。僕はまだ御伽さんと演技をしていたいですから」
「だ、だから‼」
なんだかからかわれているような気がする。
まだ彼のことを好きだともなんだとも言ってないし。
でも、ちょっと頭がスッキリした気がする。
難しいことを考えすぎていたのかもしれない。
家に帰ったら隼くんといっぱい話すことにしよう。
私はそう決めて、今やれることをしっかりやることにした。
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