第49話 御伽の仕事現場

 車でホテルに移動。荷物を置いてからドラマの撮影が始まった。


 すみれには自由行動でよいと言われたが、どうせだったらということで俺も撮影現場にお邪魔することにした。

 場所は大須観音という神社っぽいところだ。正確にはお寺らしい。


 いつの間にか御伽、すみれ、そして先ほどの雨森さんも和装になっている。

 江戸時代を舞台にしたドラマらしい。


「坊主、特等席で見ていくか?」

「いえ、邪魔にならないところで……」


 一人、監督らしき人と仲良くなったが、御伽たちの演技に邪魔になることはしたくない。

 というわけで観光客に紛れて遠くから見ることに。


『そんな、貴方まで出ていくというのですか……!』


 場面は御伽が雨森さんを引き留めるところ。どうやら二人は恋人の役らしい。

 ちなみにすみれは雨森さんの妹役。思っていたよりも重要な役だった。


 御伽の演技に、スタッフ全員の注意が引かれていく。彼女の迫真の演技がこちらにまで緊張感を伝えてくるのだ。


 本当にいつも能天気そうにしている御伽と同一人物なんだろうかと、俺も疑うほどだった。焦り、緊張、悲しみ、そういったものの入り乱れる感触がこっちにも伝播でんぱしてくる。

 これが本気の御伽なのか。


 そしてそれに負けない熱量で演じ切っているのは雨森さん。ただ顔が良いというだけではない、演技も本当にすごい。俺には詳しいことは分からないけど、演じているというよりもその人になり切っているという感じ。


 ふたりは同じレベルで、それぞれ互いの熱をぶつけ合っている。


 それを見た瞬間、俺はなんとなく分かってしまった。


 御伽のことを理解しているのは俺ではないということが、どうしようもなく分かってしまった。


 彼女のことを本当に分かっているのは、雨森さんなのだ。


「何をいまさら……」


 自分で自分のことを馬鹿にしたくなる。

 そりゃそうだ、俺はまだ高校生で自分のことしかできない。最近になってようやく自分のことが一歩進んだくらいの人間だ。


 それに比べ、雨森さんは同じ役者で、御伽と肩を並べている。

 そんな俺が雨森さんに対して劣等感を覚えること自体がおこがましい話じゃないか。


 そんなことをいまさらになって気が付いたことがとても恥ずかしかった。


「先にホテルに戻ろう」


 俺はなんとなく顔を合わせづらい感じがして、逃げ帰るように宿に戻った。






「わたしの演技どうだった、隼くん?」


 しかし夜になって御伽はすみれと一緒に俺の部屋を訪れてきた。

 逃げ場なんてなかった。


「いや、その、見直したというか……俺の中では家事もできないダメ人間だと思ってたから、ちょっと驚いた」

「えっへん! でしょでしょ~?」


 無邪気に喜ぶ御伽。

 ちなみにベッドではすみれが寝ているため、俺と御伽は窓際の椅子に座っている。


「すみれも普通に役者してたしな……びっくりだ」

「すみれもこう見えて、最近はドラマに引っ張りだこなんだよね~。本人は主役がもらえないことがコンプレックスらしいんだけど、忙しさで言ったらすみれの方が活躍してるんじゃないかな」

「そうなのか……」


 いつの間にか心の中で見下していたすみれが、ほんとは見上げる存在だった。

 そういうちょっとの勘違いに気付くだけでも、俺の弱っちい心はさらに傷つくらしい。


 人を見下せるような身分じゃないのにな。ひどい勘違いだ。


「それで明日はどうする? また演技を見てく? それとも観光するの~?」

「いや、俺は先に帰るよ」


 いまは御伽と一緒にいるのが苦痛だった。

 だから俺はそんな逃げるような提案をしていた。


 しかし御伽は、俺が楽しめなかったと勘違いしたのだろう。申し訳なさそうな顔で、謝ってきた。


「…………そっか。ごめんね、あんまり話しかけてあげられなくて」

「いや、お邪魔したのは俺の方だし……大変そうだったもんな」


 御伽は演技の合間にも台本を読み込んだり、雨森さんや監督と何度も打ち合わせをしていた。寒い中ずっと集中して、演技のことだけを考えていたから、俺に構っている暇なんてどう見てもなかった。


 それでも……雨森さんと笑って話しているのを見ると、ちょっとだけ嫉妬をした。真面目に仕事をしている御伽に対して、バカな嫉妬を。


 それだからこそ。せめて、御伽の心にしこりを残すようなことだけはやめようと、最後の踏ん張りをする。


「連れてきてくれてありがとうな。いい刺激をもらった気がする」

「……そう? なら、よかった」

「うん」


 御伽の顔が少し晴れて、俺はほんのちょっとほっとした。


 それからは話すこともないので、解散。

 もちろんベッドでぐーすか寝ているすみれも回収してもらった。


「はぁ……」


 その日の眠りは、人生の中で最悪の眠りだった。


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