第48話 ようこそ愛知へ

 時間というのはあっという間で、まだ先だと思っていた御伽との旅行も気が付けば当日になっていた。


 東京駅で新幹線に乗る前に、先にすみれと合流。

 今回の旅行はすみれの従弟という設定だから、この辺りはちゃんとしておかないといけない。


「おはよ~。お、ハヤブサくんじゃない。会うのは久しぶりね~」

「……どうも」


 サングラスをかけたすみれが登場。下がジーンズで上も丈の長いコートと男っぽい服装だ。ちなみに胸もあんまりないので、髪さえ短ければ男と間違えられそうだ。


 ちなみに御伽は手袋にマフラーと完全防備のスタイル。黒タイツにひざ丈ほどのボトムスという露出ゼロなところからも寒さに弱いところが見える。

 そして普段はしていない、度が入っていない丸眼鏡をしておしゃれ完了。


 さすが女優というか、二人とも普段の着こなしも隙がない。


「それじゃあいこうかっ」


 御伽の声に合わせて動き出す。


 東京駅から新幹線で1時間半。あっという間に名古屋に到着だ。


「お~名古屋駅も広いなぁ~」

「ちょっと案内してあげるよ」


 すみれに連れていかれるがままに名古屋駅を探検。


 一番目を引いたのは金時計と言われるところだろうか。開けた空間にポツンと立っている。


「あそこを待ち合わせにする人が多いの」


 他にも駅前にはこれでもかというくらい尖っているモニュメントがあったり、変わった形のビルがあった。


 なんか、名古屋駅は東京で例えると池袋に近いような感じがする。雑多な感じが似ている。


「おお、君がすみれくんの従弟か」


 そんな感じで時間を潰していると、スタッフの人たちも到着した。

 そういえばこういうところって新幹線で行くものなんだな。車で行くものだと思っていたけど……。


 と思っていたら、スタッフの人たちは車で来ていたらしい。新幹線できていたのは俺たちだけ。

 なんでもすみれが名古屋駅を案内したいからだったそうだ。


「そうだったのか」

「まあ…………先に言っとくと、他に案内できるところが多くないから……っていう話」

「そ、そうなのか……」


 すみれが悲しそうにふっと遠くを見て言う。いやいや、目から光が抜けてますけど?

 というかもう少し地元に誇りを持ってほしい。名古屋城とか、東山動物園とか、全国的に有名なところはいっぱいあると思うぞ。


 だから泣くな。わざわざ名古屋駅を見せてくれてありがとう。


「おはようございます」


 そう俺がすみれを慰めていると、御伽に挨拶をする一人の男がいた。


 びっくりするほどのイケメンだ。黒髪で爽やか。歳は御伽と同じくらいだろうか。


「おはようございます、蓮馬はすまさん」


 御伽も笑顔で挨拶を返す。誰だ?


 分からないので隣にいるすみれに聞いてみる。


「え、知らないの? 雨森あまもり蓮馬くんだよ。いま大注目の俳優だよ?」

「すまん……あんまりテレビとか見なくて」

「ええ~御伽のこととかテレビで見たりしないの?」

「見ないな」


 関心がないというわけではないんだが、ドラマとかはよくわからないし、バラエティに出ているのを見るとこっちの胃が痛くなるんだよな。


 それで、雨森さんという男の方だが。


「……イケメンだな」

「そんなん見りゃわかるでしょ」


 あれは男の俺が見てもかっこいいと思うタイプのイケメンだ。

 笑い方にも下心みたいなのは全く見えないし、身長もスラっと高くてシルエットだけでもイケメン。

 それに加えて今もスタッフの機材運びを手伝ったりと、性格も超良さそう。


「おい、すみれ」

「なんだ呼び捨てで」

「俳優ってこう、性格が悪いものじゃないのか? こう見てないところでタバコを吸いながら文句言ってるイメージなんだが」

「いつの時代なのよそれ。第一お金ももらってて女からもモテて、幸せな人間がそんなことする必要ないでしょ。そういうのはちょっと売れてない人がするようなことでしょ」

「そ、そりゃそうだよな」


 前に御伽にも同じようなことを言われたような気がする。


 そうだよな、成功している人間が他人の足を引っ張ったりする必要なんかないもんな。

 言われてみれば当たり前だ。


「私たちも行くよ。ハヤブサくんは私と同じ車ね」

「お、おう」


 すみれに連れられて俺はスタッフさんの車に乗せてもらう。


 御伽は別の車だ。雨森さんと同じ車。


「…………」


 たったそれだけなのに、胸が少しざわついた。


「ほら、早く行くよ」

「すまん」


 胸のざわつきは、車の中でも静まる気配がなかった。


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