第45話 メニュー表は見るな

「へい、いらっしゃい」

「あら大将、こんばんは。相変わらずお元気そうで何よりです」

「今日は見慣れない子供が2人いるなあ? どうした、とうとう結婚でもしたのか!」

「大将、余計なことは言わないほうがお得ですわよ」


 お店に入るとさっそく大将と呼ばれる、回らない寿司やさんとかでよく店主が着ているような白の服を着た人が歓迎してくれた。

 どうやらRainyとは面識があるようで……これがいわゆる常連客というやつなのだろう。


 俺たちはそのまま個室に移動し、密室空間にRainyと向かい合うように座ることになった。ちなみにX――本所先輩は俺の隣で俺のようにあたふたせず静かにお茶を飲んでいる。


「あの、メニュー表ってどこに……」

「コースを頼んでおいたからメニュー表はないわね。あと、メニュー表を見た後だと味がしないと思うわ」

「…………うっす」


 一体どれだけのお値段がするというのだろうか……。怖くて聞くことは最後までできなかった。


「ふう、じゃあ落ち着いたところで本題に入りましょうか。といっても、重たい話をするわけじゃないから、ゆっくり聞いていて」

「は、はい」


 Rainyは一食目の料理が届けられたのと同時くらいに、そう切り出した。


「まずはそうね。siX_senseくん、いや、ちょっと長いから六原ろくはらくんと呼ばせてもらうけど……貴方はまだ高校2年生なのよね」

「そうです」


 あらかじめ自分のことについてはメールでRainyにある程度説明してある。


「それで大学進学か、それとも高校生卒業してプロゲーマーになるか悩んでいる。だったわよね?」

「はい」

「じゃあ結論を先に言わせてもらうけど、貴方は今すぐにでもプロゲーマーになるべきだと思うわ」

「今すぐと言うと……高校卒業を待たずに、ってことですか?」


 俺が彼女の言葉を聞きなおすと、彼女は「そう」と答えた。


「もちろん実際にプロゲーマーとして働くのは高校を卒業してからになるけど、私たちと一緒に練習するのは今からの方がいいわ」

「それは……時間を無駄にするなってことですか」

「FPSはやった分だけ上手になるし、やらなかった分だけ下手になる。それは分かるでしょう?」


 つまり高校時代からてられる時間はFPSに割けということだ。


「貴方なら一人でも絶対に成功する。でもFPSの大会はチーム戦がほとんど。早くからチームでたくさん練習をこなして、連携を強くしていかないと世界では勝てない」


 Rainyが言う『世界』というのは、そこらの高校生が言う『世界』とは重みが違う。

 彼女こそ本気で世界の頂点を目指しているし、誤解を恐れずに言えば日本国内で勝つことには価値がないと思っているのだ。


 その熱にはずっと黙っていたXも感化されたようで、Rainyの言葉に聞き入っている。


「だからこそ私は貴方に今すぐチームと合流してほしい。世界で勝てるチームを作るために」


 俺も彼女の言う言葉にはすごく興味を持った。志しが最初から高く、そして本気で勝とうとしている目を持つ彼女と一緒にプレーしてみたいという気持ちは高まる一方だった。


「でも……やっぱり不安はあります。たとえばプロゲーマーと言えば年齢に大きく左右されますし、歳をとって稼げなくなったら……と思うこともあります」


 それでも不安材料はたくさんあった。


 収入が安定しない、というのもその1つ。FPSはe-sportsと呼ばれるように、スポーツの一種だと思っている。だからスポーツと同じように年齢による衰えはどうしても存在するし、そうなったときに1円も稼げなくなってしまうのではないかという不安は付きまとう。


「それに、父が認めてくれるかどうか……父はなんとかゲームをすることは許してくれましたけど、ゲームを仕事にするって言ったらまた反発もあるでしょうし……」


 ゲームを職業に、という考えはまだ日本国内ではマイナーな思想だ。

 それも不安材料の1つになる。


 しかし、そんな俺の不安に解を出したのは、RainyではなくXの方だった。


「そういう不安を消すために、彼女はこうして私たちをこんな高級な店に連れてきた……でしょ?」


 ずっと黙っていた彼女が急に話し始めたから驚いたが、Rainyの方は真っ赤な唇をにやりと上げて応じた。


「そう。プロゲーマーって、実際はかなり儲かるのよ。もちろんピンキリだし、下の方は本当に生活も苦しいでしょうけど……今は配信という収入源もあって、貴方みたいにすでに有名で人気のあるような人ならすぐに月収100万、200万は越えると思うわ」

「に、200⁉」


 とんでもない数字を提示され、腰を抜かしてしまう俺。


「それに衰えてきて大会に出なくても、知名度があればストリーマーっていう形で配信に専念することもできるわ。実際うちのLLにも配信専門のストリーマーは在籍して、そっちの方面からチームに貢献してもらってるわ」

「そ、そうなんですか」


 そういうのはアメリカとかではメジャーだと思っていたけど、日本のチームもそういうチームが増えてきたらしい。


「ちょっとプロゲーマーのイメージが違ってました。教えていただいて、ありがとうございます……」


 今回Rainyと話すことができて、俺にとってはプロゲーマーのことを改めて知る機会になった。


 彼女も俺の不安材料を1つ1つ潰していくような形で話してくれたし、説明の中で嘘を吐いているような雰囲気もなかった。

 単純に、プロゲーマーの世界は俺が思っている以上に華があり、そして社会的にも地位が上がっている世界なのだ。


 俺はプロゲーマーになることに、すっかり前向きになっていた。


「分かりました。俺はプロゲーマーになります」


 だから俺はその場で決意を固めていた。


「おっけー。こちらとしても応援する。またお父さんの説得に苦労をするようなら、私を呼んでくれても構わないから」

「ほんと何から何まで、ありがとうございます」

「いいの。私としても勝つために必要な人材をスカウトしているだけだから」


 Rainyはそう言って、母のような優しい微笑みを見せる。そしてその中にメラメラと湧き上がる闘志も同時に垣間かいま見えた。


「ちっ」

「なぜ舌打ち」

「美人の年上のお姉さんにデレデレしてるのがうざい。あとあれだけ悩んでたのにすっかり篭絡ろうらくされてるのもうざい」

「どこをどう見たらデレデレしてるんだよ……あと篭絡て」


 切れ長のまつ毛がこちらをじーっとこちらを見てくる。こ、こええ……。


 Rainyはそんな俺たちを微笑ましそうに見ている。


「それじゃあまた詳しいことは後で連絡するから。よろしくね」

「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 こうして俺はLLでのチーム練習に参加させてもらえることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る