第28話 予選①

 翌日、いよいよ予選である。


 開催時刻となる午後2時の数分前に、配信準備が完了したことをXに伝えた。


『というか、君の知名度はほんとすごいね……。始まる前から500人以上集まってる』

「そうなのか?」


 あまり生で配信を見るということがないから、どれくらいの人数を集めると多いのかというのが分からない。500人の前で話すと言われると緊張するが、配信という場所に来ると500人というのがむしろ少なく感じるくらい。

 ここの感覚の差は、やっぱり配信者を目指している者との差なんだろう。


『ちなみに君の流れ弾なのか、こっちも100人くらい集まってるわ』

「合わせて600人って……俺たちまだ素人だろ?」

『それくらいに君の名前っていうのは、FPSをやってる人間には知れ渡ってるってことね』


 なんか悪い意味で目立っているかのような物言いだ。失礼な。

 あとこの大会の実況開設を放送しているチャンネルに至ってはすでに10000人以上が待機していて「すげー」って思った。やっぱすげえんだな。


『コメントは見える? ちゃんと遅延は入ってる?』

「コメントは見えるぞ。遅延はまだわからん」


 遅延というのは、実際に配信をしてからそれがYoutubeに載るまでに少しのタイムラグがあることだ。たとえば、遅延を5分で設定すると、視聴者は5分前に隼たちがプレイした画面を見ることになる。

 これによってリアルタイムで視聴者からアドバイスをもらうことを避けることができる。まあ当たり前の配慮と言うやつだろう。


 さて、コメントの方はと……。


《まさか日本人だとはなぁ》

《クッソ楽しみなんだが。味方に足引っ張られないといいけど》

《それでもさすがに予選は勝つっしょ》


 お、おう……とんでもないプレッシャーを感じるんだが。

 一体全体、どうしてこんなに注目をされてしまっているのだろうか。俺としては隅っこの方で自由に戦っていたかったんだが……。


『じゃあそろそろ一戦目が始まる。頑張ろうね』

「……ああ」


 とにかくコメントのことは後回しだ。まずは大会予選を勝ち抜かないとな。





「それで、どこに降りるんだ?」


 マッチが始まり、俺はまず最初にXにそう聞いた。


 主要な町は大きく9つ。南北東西に大体8つ分かれているのと、真ん中に1つある。


『オレゴン市街地に降りるわ』


 その中でXが選択したのは、そのど真ん中の場所だった。

 真ん中というのは、何も考えなければ一番有利だ。なぜなら安置がマップのどこに寄ってもスムーズに移動できるから。例えば左下の隅に降りてマップが右上に寄ってしまったら移動距離がとてつもなく長くなる。真ん中というのはそういう意味で運に左右されず安置まで向かうことのできるポジションだ。


 そしてだからこその欠点――激戦区になるというデメリットを持つのだが。


 それでもXのことだから考えがあるのだろう。


 輸送機を降りてパラシュートで滑空。周りを見ながらどこに降りるべきか確認する……が。


「誰も来てねえな」

『まあね』


 驚きの声を上げる俺に、当然だと言わんばかりにXが頷いていた。


「誰も来ないことが分かってたのか?」

『だって大事な予選の最初の戦いだからね。よほど自信がなければ、ここに降りるのは難しいでしょ』

「お前、そういう心理戦も得意なのかよ……」


 それにしても、この街を2人で漁れるのはデカい。大きいだけあって物資も潤沢だからだ。これならこの後の戦いを有利に進めることができる。


「でもさっさと漁って移動した方がいいな」

『もちろん。でも大丈夫だよ、ゆっくり漁って』

「どういうことだ?」

『簡単だよ。私たちが一番キルをするって、そういうこと』

「……なるほどな」


 つまり先に移動して有利なポジションを取るよりも、ぎりぎりまで物資を強くして敵を倒していくスタイルでいくということか。

 まあたしかに、どうせ有利なポジションは近くに降りたチームに取られているだろうからな。


 降りてから1分後、安置をマップで確認できるようになる。

 どうやら最初のマッチは北東の『マルスじょう跡地』になったようだ。


 これは……都合がいいな。


『よし、じゃあいこっか』

「おう」


 俺たちは物資の調達を終えると、北東ではなく東に向かって歩を進めた。







「とうとう出てきたね、彼が」


 予選には出場していないチームで、1つ。この予選大会を熱心に観戦している2人組がいた。


 男は『アイアンメン』、女は『Rainy』。この大会の優勝候補だった。


 アイアンメンは、軽い爽やかな声で続ける。


「さて、どんなものかな」

「彼らはどこまでいけると思う?」

「僕の予想だと――予選敗退だね」


 Rainyが尋ねると、アイアンメンは自信満々にそう言った。


「……理由は?」

「大会はカジュアルマッチとは違うんだよ。エイム力だけでなんとかなるものじゃないし、第一そのエイム力も普通さ。あのTombを倒した切り抜きは見たけど、まぐれにしか見えなかったね。それにあれくらいなら僕でもできる」


 立て板に水、つらつらとアイアンメンは続ける。


 2人は今、チャットで遠くから会話をしているだけだ。それなのに、Rainyの頭には白い歯を光らせるアイアンメンの姿が思い浮かんでいた。


(馬鹿ね)


 そんな彼の声を聴いて、Rainyが最初に思った感想はこれだった。


 現在、2人の仲は上手くいっていない。世間から見たら日本最強の2人という称号で互いに認め合っているように見えてはいるが、Rainyにははっきりとアイアンメンとの実力の差を自覚していた。


 もちろん、Rainyが上だ。


(Tombも言ってたけど、やっぱり下手な人間にはあれがまぐれに見えるのね。馬鹿な話だわ)


 正直に言えば、Rainyは彼が――siX_senseが自分の相棒になるかどうかを、今回の大会で判断しようと思っていた。


(彼では実力不足……でもこの子なら)


 アイアンメンはプライドが高すぎる。そのためか一向に上手くなる気配がないとRainyは感じている。それがコンビ破局をしようとしている一番の理由だ。


(あれがまぐれなんて、滑稽こっけいもいいところ……。あの状況では私でも負けていたでしょうね)


 その分、隼に、siX_senseにかける期待は大きい。あのエイム力は並外れた才能に並外れた努力、そして想いが乗ったものだった。

 アイアンメンとは格が違う。


「キミはどう思うんだい?」

「私? そうね。私たちと優勝争いができるとしたら、彼らでしょうね」

「ははっ、キミも面白いことを言う」


 だが、Rainyの中ではすでにほぼ確信に近かった。


 なぜなら、彼らは


(2人とも、合格レベルにはもう達してる。1チームはほぼ決まりね。あとはどれだけキル数を伸ばせるか、ね)


 彼女は期待と高揚を抑えながら、じっとモニターを見ていた。

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