第27話 不審者

 真冬に真っ黒がやってきた。まっくろくろすけだった。


 いるもん! まっくろくろすけはいるもん! と俺は心の中で叫んだが、目の前にいる人間はほこりっぽい感じはしなかった。

 むしろそれだけの重装甲に身を包んでおきながら、ふわっといい香りがするという矛盾を持っている。女子がどんな時でもいい匂いがするというのは、たしか世界三大難問の1つに数えられていたはずだ。


 …………とか、ふざけたことを考えている場合ではないな。


「お前……もう一度確認するけど、Ⅹ――FRUITSMIXだよな?」

「そうだけど」


 そうだけどって……。俺はお前のこと何も知らないんだから、そんな「分かるでしょ?」みたいな口調で言うなよ……。

 とは思ってもおくびにも出さない。絶対に不機嫌になるからだ。


「そんで、配信のやり方を教えてくれるって話だったけど」

「こんなところで立ち話させるつもりかな? 早く中に入れてくれる?」

「…………」


 たしかにそれは俺が悪いんだが、それでも言い方が気に入らねえ……!


 Ⅹはそうして俺が扉を人が通れるくらいまで開いた瞬間に、すっと中に入ってきた。意外と小柄な気がする。


「それで俺のパソコンはこっち……」


 そしてパソコンを使っている部屋に案内しようとする前に、Ⅹはリビングの方へと抜けていった。俺の部屋はリビングに抜ける手前のところにあるんだが……。


「なあ、何やってるんだ?」


 彼女はテレビの前のソファや床を念入りにチェックしている。まるで盗聴器が仕掛けられてないか調べる探偵みたいだ。でも残念、この探偵は前科を持っている。容疑者Xの名は伊達ではない。誇るべきところでもないがな‼


「ねえ、梨川御伽の部屋はどこ?」

「御伽の? ああ、そこの……」

「御伽?」


 質問のぶつけ合い。だがXの方は明らかにいぶかしむようなニュアンスが含まれている。


 ただこれは俺の方も失言だった。呼び捨てにするような関係だと誤解されては、『手を出したらダメだよ』というXの忠告を無視した格好になる。


「あ、いや、ほら。お前が呼び捨てで言うから、釣られて」

「……ふーん、あっそ」


 目の前のまっくろくろすけはそれ以上は質問をしてこなかった。まるで事実は自分で確認すればいいというように御伽の部屋に入り、また先ほどと同じように念入りに調べていた。

 もしかしなくてもこいつ、俺と御伽の間に情事があったかどうかを調べてないか……?


「よし、おっけ」


 何がいいのか分からんが満足をしたらしい。

 こいつも一周回って馬鹿なのではないかと思い始めてきた。


「それじゃ、配信のやり方を説明するね」


 それからXは配信の仕方、機材の調整方法、トラブルが起きたときの対処法など事細かに教えてくれた。

 教え方は親切というかとても分かりやすくて、随所に頭の良さを感じる。優等生っぽいな。


 ちなみに椅子に座る俺の後ろからマウスを操作しているのだが、彼女の体で唯一露出している手がたまに触れ合ったりして俺だけドキドキしていた。なにこれ理不尽。

 指は雪のように白く、それにピアノをやってるんじゃないかって感じの細さで、お嬢様っぽいなという印象はさらに強まった。あと俺は脚フェチの次に指フェチだったりするので、できるだけ変な目で見ないようにパソコンの画面に集中した。


「よし、こんなもんでいいかな」

「明日から大会予選が始まるんだよな? なんか別の意味で緊張するぜ」

「実力通りなら予選通過は間違いないと思うから。配信の緊張がどれだけ影響するかだね」

「……お前は緊張しないのか? お前だって配信初めてだろ?」


 そう言いながら、そういえばなんでこいつはこんなに配信のやり方に詳しいんだろうと疑問に思った。やけに手慣れている。


 しかしXはそんな俺の疑問に対して疑問を持ったようで、質問を投げ返してきた。


「あれ、言ってなかったっけ? 私、卒業したら配信者兼プロゲーマーになるつもりって」

「いやそれは聞いてたけど。でもまだ配信したことないんだろ?」

「配信の練習くらいするよ。まだ実際に放送したことはなくても、放送できるようにはしなくちゃ」

「すごいやる気だな」

「当たり前でしょ。スキルも持たずに始めるのは無理だから」


 たしかにそうだ。美容師なら髪の切り方を知らなければ始められないし、パイロットだったら操縦の仕方を知らないと始められない。

 配信者だけがその例に漏れる理由はなかった。


 ただ、やっぱりそれは一般的な考えではないと思う。Youtuberは誰にでもなれる職業というイメージがあるし、むしろ誰にでも知識がないところから始められるというイメージがどの職業よりも強いんじゃないだろうか。


 つまりそれは、Xが配信者のことを普通の職業と同等に捉えているということだ。仕事だと割り切って、仕事に就くために勉強をする。当たり前のことをしているだけだ。だからこそ、俺の質問に疑問を持ったのだろう。


「まあ、あと…………いや、なんでもない」

「? なんだ?」

「帰るわ。見送って頂戴ね」


 玄関で靴を履きながら何かを言いかけたXだったが、すぐになんでもないと言って外へ出ていった。

 微妙な雰囲気の変化は、彼女の顔が覆い隠されていてよく分からなかった。何かを言いたそうにしていたが……。


 あと、見送れって本人から言われたのは初めてだった。

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