第25話 新同居生活

 朝、目が覚めると視界に見慣れた景色が映った。最近、見慣れた天井だ。


 むくり、と起きて時計を確認すると朝の6時だった。


 今日から俺は冬休みだ。それなのにこんな早起きをしているのは、もちろん朝ご飯を作るためだ。


「俺、今日からまたここに住むんだよな……」


 なんか変な感じだ。最近になってかなり慣れたはずだったのに、一度家を出る決意をした後ではまた新鮮な気持ちになる。

 呑気にここで料理をしているのが、なんだか夢みたいだ。……もちろんディズ〇ー的な夢じゃなくて、単純に現実感がないだけだが。


 というか、昨日はかなり疲れていたはずなのに、よくこんな朝早くに起きることができたな俺。昨夜はよくわからん高級レストランに連れてかれて、クリスマスの夜だから当然カップルがアホみたいにいて。そんな中超有名女優がいることがバレないようにご飯を食べるとか、もはや苦痛で仕方なかったんだが。胃が痛かったわ。


 ただ、なんというか、高級レストランにいる彼女は驚くほどになじんでいた。こういう美人がこういうところでそれらしいご飯を食べるというのは、こんなにも映えるものだと思わなかった。カメラに収めたい、と不思議と思った。


「…………おはよーさーん……ごはんできたぁ……?」


 頭の中で撮ったスクリーンショットと、目の前であちこちに寝癖が見られてふわあとあくびをしてぺたぺたと裸足で歩いている女が、どうにも同じ人間だとは思えなかった。


「おい」

「う? まだできてなかったぁ……?」

「寝癖を直して服を着替えてスリッパを履いて顔を洗ってからリビングに来い」

「…………くえええぇええ」


 なんだくえええぇええって。お前はアホ鳥か(アホウドリではない)。


「まったく、あいつ……油断ばっかしやがって」


 たまに服がはだけてることとかあるし、その下の生のおっぱ……が見えることとかあるし。無茶苦茶だぞあいつ。


 ただどうしても油断しているということが、信用されている証拠だと勝手に変換して変に盛り上がっている自分もぶん殴りたいところではあるが。


『おとぎんヌのこと……好きなの?』


 昨日姉さんに言われたことを思い出す。


 いや、これに関しては絶対に違うと言える。俺は恋などしない。恋なんていうものは自分の時間が減るし自分の行動も縛られるし、何よりも全く意味のないものだ。

 俺がそんなものに興味を持つはずなんてないのだ。


「おはよー隼くんー」


 それにそう、こんなずぼらで頭のおかしいやつを好きになるわけがないんだ。オレが好きなのはもう少しおしとやかで頭の良さそうな女だ。

 こんな女ではない。


「ふえーいかんなー、今日はとてつもなくねむい」

「シャキッとしろ」


 ふらふらと足取りわるく冷蔵庫に向かう家主――御伽を見て、俺は思わずフライパンを揺らしながら視線を向ける。

 こいつ、マジで今にも転びそう……。


「おっとっとっと」


 と言っているそばから足がもつれて、バランスを崩す。

 そしてそのままこっちの方に向かってきて――――俺にそのまま抱き着いてきた。


「~~~~っ‼⁉」

「お、ごめんごめん」


 背中がむにっとした。むにっと。絶対にあれだ、ノーだ。ノーブラジャーだ。そもそもブラジャーありの感触なんか知らないが、ノーブラの場合はノーブラだと一発で分かるらしい男子諸君…………。


「は、はやく、はなれろ‼」

「意外としっかりしてるのう、隼くん」


 違う、フライパンを持ってるから死ぬ気で仁王立ちしてるだけだ。

 普通に重い。というかそれ以上にマズイ。


「あ、てか名前で呼ばれてないなあ」

「いまそんなこと言ってる場合か⁉ 早くどけッ‼」

「名前呼んでくれたらどいてあげる」

「なんだこいつ面倒くせぇぇぇぇぇええ‼」


 フライパンを持ってなかったら絶対に手が出てる。

 というかこいつ、後ろでふにゃあとあくびしながら笑ってる。雰囲気で分かる。


「お、お」

「お?」

「御伽…………さん」

「おーおー‼ いい感じだ‼」


 朝から何の羞恥プレイなんだろうか。あと、腕がもう限界なんだが…………。


「――おはよっ、隼、くん……♪」

「~~っ⁉」


 一難去ったと思っていたら、耳元で御伽が艶めかしい声でそう言ってきた。吐息たっぷりで……言い方は悪いが、エロい……。高校生男子に耐えられる色気じゃなかった。


「ドキッとした? ドキッとした?」


 そう言ってようやく俺の体から離れる御伽。

 うっきゃっきゃと悪戯に成功したサルのような顔をしている。


「ふぅ」


 そんな顔を見て、俺は一呼吸置いた。

 御伽は意外そうな顔をしている。


「あれ、怒ってないの?」

「怒る? そんなことはしないさ」


 出来る限り紳士的に振る舞う。そんな俺を見て、御伽は不思議そうに見ていた。


 ただもちろん、許すわけがない。


「怒ってない怒ってない。代わりに御伽の朝ご飯が、たった今なくなっただけだ」

「やっぱ怒ってんじゃん‼ てか呼び捨てになってるし‼」

「お前なんて呼び捨てで十分だ!」


 そもそも怒らせたのは誰だよ。

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