第24話 人生初めてのクリスマスデート

 父親との話が終わった後、俺たちは姉さんの車で家主の家へと向かっていた。


「それで、どうしてこの人が家にいたのか、説明はあるんだろうな」


 俺は助手席に座って、運転席にいる姉にそう言った。

 ちなみに姉さんは少しあか抜けた感じの茶髪ショートで、目はいいくせになぜかいつもまん丸の伊達メガネをかけている。


「あれ、なんか怒ってる?」

「怒ってはない。ただ理由を知ってるのは姉さんくらいだろ」

「あらぁ、ほんと私に似て勘が鋭い」

「勘とかじゃねえよ。どう考えても姉さんしかいないだろうが」


 あの場で家主はうちの姉とセットで出てきた。つまり2人で仲良く盗み聞きをしていたことになる。

 というか、大体普通の一般人が家主と初対面であそこまで冷静でいられるとは思えない。ソースは俺。


「まあそうだよねえ。実は2週間くらい前から連絡を取りあってましたって言われたら、驚く?」

「2週間か。知り合いなら俺が家主の家に泊まっていた日には連絡を取りあってても不思議じゃないが」

「まあねえ。おとぎんヌは私の本名知らなかったし、私はおとぎんヌのこと聞かされてなかったしなあ」

「ちょっと待て情報量が多すぎる。まずおとぎんヌってなんだ」


 ト〇キントみたいな語感で言ったけど、家主はポケモンだったのか?


「あだ名なんてなんでもいいじゃん。隼もかわいいあだ名つけてあげよっか?」

「絶対に断る。……それで、家主は姉さんの本名を知らなかったってのは?」

「わたしとメダカちゃんは映画の撮影現場で知り合ったんだよ」


 そこに後ろから説明が入る。なるほど、そういうことか。


 姉さんのペンネームははなぶさメダカ。つまり二人は小説家と女優として知りあっていたわけだ。

 そういや姉さんの小説、なんか映画になってたな。


「そういうこと~。んで、隼はおとぎんヌのこと教えてくれてなかったから、連絡が取れなかったわけ」

「まあ名前を言うといくら姉さんでも、な。じゃあどうして俺が家主の家に居候してるってわかったんだ?」

「この前メダカちゃんと久しぶりに会ったんだよね。そうしたら急に『愛しの隼の匂いがする……』って」

「おうおう、俺の姉さんの前世は警察犬だったのか?」

「やあねえ、前世は隼のストーカーに決まってるじゃない」

「決まってるのか⁉ てか前世がストーカーって、もはや血縁関係にあってよかったと思ってるよいま‼」


 姉さんが俺の姉さんじゃなかったら、俺は2世代にわたってストーカーをされていたことになるのか……。考えただけで背筋がゾッとするわ。


「ところでさ、隼」

「なんだ?」


 姉さんが住宅街をのんびりドライブしながら、思い出したように聞いてきた。


「なんでおとぎんヌのこと、家主って呼んでるの?」

「あーそれ、わたしも聞きたかった~。ずっとこの1か月、一度も名前で呼ばれなかったんだよね」

「そ、それは……!」


 そう言われて、なんでだろうとたしかに思う。

 なんとなく気恥ずかしいような気がしたからなのか、それとも普段から名前で呼ぶことでうっかり学校生活を送る中で名前を出すことがないようにするためか。


 ……後者だな。


「っていうかさ」


 弁解しようとしていた俺に、しかし姉さんは言葉を挟んできた。

 そして赤信号で止まったかと思うと、顔をぐっと近づけて耳元でぼそっと尋ねてくる。


「おとぎんヌのこと……好きなの?」

「~~~~っ‼」


 いきなり予想外のことを聞かれて、狼狽うろたえる俺。


「なになに、何話したの?」

「いやぁ? なんでもないよーん。それより、その辺で下ろすから二人でご飯でも食べてきたら? もう夜ご飯も食べたと思うけど、ちょっとくらいお腹空いてるでしょ?」

「えーいくいく。疲れてたのか、なんだかお腹ぺこぺこだよ」


 家主が了承したことを見て、姉さんがこっちにぱちくりとウィンクをしてくる。

 まるで「デートの約束は取り付けてやったぞ☆」と言わんばかりだ。


 この尼ぁ…………‼


「でもメダカちゃんは来ないの?」

「いいっていいって。ほら、締め切りやばいし。ファンに見つかったら、知り合いの男の子って言っとけば大丈夫だし」

「無茶苦茶だ……」


 俺抜きで勝手に話が進む二人。

 ぱちぱち、と家主も目を輝かせている。


「あ、そうだ」


 そして姉さんは言った。


「これから『家主』呼び禁止ね‼」

「は、はあ?」

「『御伽』あるいは『御伽さん』と呼ぶこと」

「しかもなんで下の名前だけなんだよ‼」

「おとぎんヌもそれでいいよねーっ?」

「うんうん。わたしも名前の方がいいなあ」

「拒否権を行使する‼」

「ちなみに拒否ったら、隼の黒歴史を一日一個おとぎんヌに暴露するから」

「ふざけんな‼」

「はい、いってらっしゃーい」


 嵐のような姉が俺と家主を車から放り出すと、颯爽と闇の中に消えていってしまった。


 ……おい、マジかよ。


「ほら、じゃあ行こう。お腹を満たすのだ!」

「はあ……」


 家主はどこからともなく取り出したハットとサングラスで変装をすると、光がうるさい方へ指をさした。


「はい、ほらいくぞー隼くん」

「わ、わかった……」


 だが諦めて歩を進めたところで、今度は家主が止まる。


「名前……呼んでみて!」

「急にどうした」

「いいからいいから‼ よんでよんで」

「嫌だ」

「『えーと、お宅の弟さんが名前で呼んでくれません』っと……」

「分かった! 分かったから姉さんにラインを送るのだけはやめてくれ‼」


 俺が必死に止めると、家主はにこ―っと笑った。嗜虐心に満ちた笑いだ。


「じゃあ、ほら」

「…………御伽さん」

「――――意外と、悪くないね……」

「照れてんじゃねえよ‼」


 無駄に恥ずかしい思いをさせられた気がした、そんなクリスマスの夜だった。


 そして俺たちの奇妙な同居生活は続く。

 しかし、俺の冬休みはとある果物まぜまぜ野郎(女)のせいで、落ち着いたものにはならなかった。




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