第23話 クリスマスの夜に③

 本日はすでに1話投稿しております。まだ読んでいない方はそちらを読んでからこの話を読んでください。


――――――――――――――――



「な――っ⁉」


 父親がそう言った時、俺はもはや意味が分からなくなっていた。

 父親の言うことが理解できなかったのである。


「ちょっとあなた……」


 たしなめるような口調で語りかけたのは母親だ。さすがに今の言葉には論理的なものが全く存在せず、意固地いこじに見えてしまうほどだった。

 父親の外聞がいぶんを気にする性格を考えて、母親も制止の声をかけたのだろう。


 だがしかし、それは逆効果だった。


「そもそも、うちの話に余所よその人が話されても困る。これはうちの問題なのだ」


 意固地になった父親は、まるで意味を持たない言葉を放つ。

 論理もクソもない。どう考えてもそれらを放棄している。


「それに悪影響を与えると言ったのはあながち間違いでもなかったようだな。人の家までゲームをやっていて、もはや依存症じゃないか」

「ち、違います‼ 最初のころはゲームをやってなかったですが、真面目に勉強したり掃除したりしていて少なくとも四六時中頭の中がゲームでいっぱいという感じではなかったです!」


 必死に弁解をしてくれる梨川さん。

 彼女のそんな姿を見て、俺はもう父親のことが恥ずかしくてしょうがなかった。


 だが父親の暴走は止まらない。


「それに、悪影響はそれだけではない。父親に「お前」だの「ふざけるな」だの汚い言葉を使うようになったのは、立派なゲームによる悪影響じゃないか」

「それはあんたがアホみたいなことばっか言ってるからだろ‼」

「わたしは隼くんがそんなに汚い言葉を使っているの、見たことありません!」

「それじゃあもっと問題じゃないか。よりにもよって父親相手に敬意も払わず、暴言だなんて……」


 もはや取り付く島もなかった。何を言ってもダメ、何かを投げても自分の殻に閉じこもって全部跳ね返す。


 あの梨川さんでさえも、困惑を隠せていなかった。どうしたらいいのか、分からなくないという状況。


 もちろん俺も同じ気持ちだ。ただし俺の場合は怒りが先行するが、それは些細なことだ。

 それほど決定的に、俺たちと父親との間には考え方に差があった。

 もはや俺たちには何も言うことができなかった。


「――あのさぁ、どのつら下げて、自分に敬意を払えって言ってんの?」


 そんな静寂を破ったのは、唯一先ほどまで静かに傍観していた姉だった。


 声を発した姉さんの目は、情けなさと怒りとがないまぜになって、心底父親をさげすんでいた。

 そしてさすがにその様子には、さっきまで冷静な顔をしていた父親も驚いた様子を見せた。


「結局さ、父さんはさ、子供をお金を稼ぐ道具だとしか思ってないんだよね?」


 一瞬、話がずれたかと思う。

 だがすぐに、おれに勉強をさせるのは自分がお金を稼ぎたいからでしょ、と姉が指摘しているということが分かった。


「い、いや、そんなことはない。私はどうしたら息子が将来に困らないかを教えているだけだ」

「でもさ、父さんさ、私が趣味で小説書いてるって言った時は猛反対してたくせにさ。小説家デビューが決まったってなってから何も文句言わなかったよね?」

「そ、それは――っ‼」


 そのことは俺も初耳だったから驚いた。なぜか隣で梨川さんも驚いているが。

 姉は俺よりも優秀だ。優秀でいい大学に入った。だから小説を書いていても何の文句も言われてないんだと思っていた。


 姉の冷え切った目が、父親を貫く。


「結局私たちを育てていっぱい勉強させてるのって、自分が老後にお金で困らないようにするためでしょ?」

「そんなことは決して――」

「でもやってることそうじゃん。私から趣味を奪おうとして、そして今度は隼からも趣味を奪おうとすんの? 『遊んでないで、自分のために金を稼げるようになれ』って?」

「そんなことは……」


 そう言った父の顔は、ひどく焦っていた。


 たぶん本当に違うのだろう。姉さんの言っている言い分は父親の本音ではないはずだ。そしてそれも姉さんは分かってる。父親も俺たちが誤解してると思って、慌てているだけだろう。

 でも、本音ではないことが分かったと同時に、その気持ちがないことに、俺も、そしてたぶん梨川さんも気が付いてしまった。


 本当に…………気付いてしまった、なのだ。


「もちろん隼もまだ将来が自分でも見えてないよ? 危ういかもしれない。でもさ、高校生なんてそんなもんじゃん。みんな進路に困って何していいか分かんなくて、自分のやりたいことを探すんだよ」


 姉は父親に対して、諭すように続ける。


「父さんが考えを押し付けたくなるのは分かるけどさ。自分の非を認めなよ。非じゃなくても、『そういう考えもあるんだ』って認めればいいじゃん。実際に隼は頑張ってるんだし、隼を全く知らなかった人もいい子だって言ってくれてるんだよ。わざわざ忙しい中こんなところまで来て」


 よくできる姉の言葉は父親にも少しくらいは響くところがあったのだろう。

 姉さんの言葉に、少しずつ父親の顔に冷静さが戻ってきた。


「だからさもうちょっと父親らしく頑張ってよ」

「…………分かった。認めよう」


 そしてついに父親はうなだれるように言った。ゲームは悪だという主張が間違っていたと。


「だが、すまない。どうしても私にはその考えが分からない」


 冷静になった父親は、「すまない」と言った。

 だからそのあとに続く言葉にはあまり注意をしていなかった。


 だからこそ、父親が次にこんな爆弾発言をすることを予感できなかった。


「私も勉強不足だ。時間が欲しい。もうしばらく、その人の家に泊まってきてはくれないか? ……梨川さんも、もしよろしかったらうちの息子をもうしばらくだけ頼みます。もちろん今までの分の生活費も、これからの分も払いますから」

「お父さん――⁉」「父さん⁉」


 驚いて腰を抜かしそうになったのが母さん、オーバーリアクション気味に驚いたのが姉さん。

 俺と梨川さんは二人して言葉が出ずに、目を丸くするだけだった。


「私が未熟でした。ですが息子も未熟です。どうか息子が悪い方に行かないよう、少しの間面倒を見ていただけませんか?」

「い、いいですけど……」


 そうしてよくわからないまま、何故か俺と梨川さん――家主との同居生活は、延長されたのだった。

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