第22話 クリスマスの夜に②

「ダメなものはダメだ。ゲームは悪影響しか与えん」


 血が沸騰しそうになった。まるで俺の話を聞いていない父親に、殺意すら湧きそうになった。


「なんでダメだって言うんだ‼ 理由を言ってみろ理由を‼」

「さっきも言っただろ、ゲームは悪影響しか与えないからだ」


 それでもかろうじて理性を残し理由を聞いてみたが、「くだらない」とでも言いたげな顔だった。


「だから、どこが悪影響なのかって言ってんだろ‼ こうしてお前が望むような成績も取ってきたのに、何が悪影響だ‼」


 椅子に敷かれたクッションに力を入れながら、俺は必死に感情を抑える。

 それでも漏れ出ているのが、俺のゲームへの気持ちであり、俺の父親への怒りだった。


「大体、最初は成績を取ってればゲームをしていいって言ってたのに、コロコロ約束を変えやがって‼ ふざけるのも大概にしろ!」

「約束を変えたのは、考えが変わったからだ」


 しかし父親は、何の感情もなかった。


「そもそも、もういい歳じゃないか。ゲームなんて子供の遊びだ。もう卒業してもいいころじゃないか?」


 むしろ優しくさとしてくるような言い方に、俺の感情はどんどん高ぶっていく。


「ふざけんなよ! 話をすり替えるな‼ 俺はゲームをしちゃいけない理由を聞いてんだ‼ 約束を破った理由を聞いてるんだよ‼‼ 歳だとかふざけた理由でごまかしてんじゃねえ‼」

「ふざけてないだろ。歳とともに人は忙しくなり、そして将来を見るようになり、自分に有益なことをする。ゲームが無駄だと分かるには、いい歳だろう」

「おまっ、まじで、いい加減にしろ……‼」


 涙が出そうだった。こんな理不尽に、どうして付き合わされなきゃいけないんだ。


 父親は馬鹿だった。阿呆だった。屑だった。ゴミだった。子供の気持ちなんて何一つ考えていないし、クソみたいにくだらない常識を妄信してそれが正義だと言わんばかりに振りかざすような生き物だった。


「もういいんじゃないか、ゲームなんて。そんなもの時間の無駄にしかならないし、将来何の役にも立たない。もっとその時間を読書をするなり、勉強するなりすればいいじゃないか」


 俺は父親の独りよがりの演説を聞きながら、この世の理不尽に嘆いていた。なんで俺はこんな家庭に生まれたんだ、なんで俺の父親はこんな奴なんだ。


 もちろん俺よりも不幸な生まれの人間はいっぱいいる。俺の家はお金で不自由もしていないし、ゲームの縛りだって長谷川のところはもっと厳しい。むしろトータルで見たら恵まれている家庭だ。


 それでも、それでも俺はこの理不尽にはらわたが煮えたぎるような怒りを感じていた。


「ってめえ……」


 俺は席を立って、父親の胸ぐらを掴んだ。

 父親はそれでもまだ平然とした顔をしていて、俺を見下すような目をしていた。


 本気で殴ってやる。そう思って腕を上げた、その時だった。


「ダメだよ、隼くん」

「――――――梨川…………さん?」


 声のした方を振り向くと、そこにはここ最近毎日のように顔を見ていた梨川さんが立っていた。後ろでは姉も怒りをあらわにした顔で立っている。


「どうしてここに……?」


 俺の頭は疑問で埋め尽くされていて、そのせいで怒りも一旦腹の奥にしまわれた。


 梨川さんはそんな俺の疑問に答えることなく、父親の方を向いた。


「こんばんは、はじめまして。この1か月隼くんと一緒に過ごしていた、梨川御伽と申します」

「……どうも」


 さすがに俺の父親でも彼女のことは知っていたのだろう。

 驚きで一度目を丸くした後に、プライドか何かが働いたのか冷静な顔に戻った。


「さっきの話ですが、失礼ながら聞かせていただきました」

「…………そうですか」


 俺の父親は「なぜ」とは聞かなかった。

 彼女がここに居る理由よりも、彼女が話に割り込んできた理由の方が大事だったのだろう。


 梨川さんはそこで一呼吸を置いて確認するように目を瞑ると、静かな声で言った。


「そして聞いて思いましたが…………やっぱりお父さんの方が間違っていると思います」


 臆することなく、俺の父親が間違っていると言い放った。


「隼くんの生活を近くで見ていましたが、ゲームをする傍らでしっかりと勉強をしていました。比率で言えばゲームよりも勉強をしていた時間の方が長かったくらいです」

「…………」


 父親は何も言わない。ただ険しい顔で聞いているだけだ。


 梨川さんは続ける。


「それに、忙しいわたしのために朝早くから料理を作ってくれたり、毎日洗濯をしたり掃除をしてくれました。すごくいいお子さんだと、わたしはそう思いました」


 彼女の言葉は自然と体全体から沁みるように入ってくる。


「ゲームによる悪影響なんか、まったく見られません。ちゃんと遊び、ちゃんと学び、そしてちゃんと人としてやるべきことをやっていました」


 なんだかさっきまで喧嘩していたことを忘れるくらい、俺は恥ずかしい気持ちになっていた。彼女がそういうことをストレートに口にすることに違和感があったのもある。


「だから、認めてあげてください。逆に無理やりゲームをやめさせることは、良くないと思います。ゲームのために勉強をするというのは褒められたモチベーションではないかもしれませんが……お子さんの選択肢を奪うようなことは、しないであげてください」


 その言葉を聞いて、俺はどれだけ救われただろう。今も、あの時も。


 まるで相手にせず見下してくる父親に比べて、ひとりの対等な人間として接してくれる彼女に、どれだけ助けられただろう。


 後ろでは俺の姉が泣いている。なんで泣いているのかはよく分からなかったが、ブラコンの姉のことだ。よくわからんことで泣いているんだろう。


 お母さんも入ってきて、「まあもう……」と言いかけた、その時だった。


「ダメなものはダメだ。ゲームはこの子にとってよくない」


 父親が厳格な顔で、そう言ったのは。

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