第21話 クリスマスの夜に①
あれから2週間後、そしてクリスマスの日。12月24日。
世間はクリスマスで盛り上がっているが、高校生としてはクリスマスよりも2学期を終えることの方が大事だったりする。
「おーし、クリスマスプレゼントでこの前の模試の結果を返してやる~。名簿番号順に取りに来い」
その言葉を聞いて、俺は少しだけびくりとした。
ただすぐに緊張している自分が馬鹿らしいと思って、机に置いてあった消しゴムをくるくる回す。
「お、珍しく緊張していると見える」
だがそんなことは効果がなかったようで、前の席に座っている長谷川にあっさり見抜かれた。
「まあ、な……。これの結果次第では、家でのんびりゲームをやれるかもしれねえし」
言い訳をしていてもしょうがないので正直に言う。
「へえ?」
「なんだよ、意外そうな顔をして」
「いや、意外と住みやすかったんじゃねえの? お前の居候先」
長谷川の顔には、「住みやすかったのに実家に帰りてえの?」という疑問が書いてあった。
「当たり前だ。むしろ住みやすいからこそ、これ以上いるのが申し訳ない」
「ああ、なるほど」
居候生活が始まって1か月ほどが経ったが、その間は驚くほど充実をしていた。
家でゲームをしていてもネチネチと言ってくる
そして家主は……馬鹿が付くほどお人よしだ。好きなようにさせてくれるわ、俺の作る下手くそな料理にも何一つ文句言わないわで、この1か月はほぼストレスなく生活できていた。
だからこそ、もうそろそろ出ていかなければならない。
彼女にも立場があるし、これ以上甘えるのはダメだ。家に帰る努力もせずに居座り続けるのは、どうにも彼女に対して不義理だと感じた。
「今回の模試を交渉材料に、また家でゲームをさせてもらえるようにする。まあもうこれでだめだったら……おとなしく家に帰ることにするよ。全部諦めて、な」
覚悟は決めてある。もう家主にもそれは伝えた。
上手くいってもいかなくても、俺は今日であの家を去る。
だが俺のそんな決意を聞いた長谷川は、鼻で笑っていた。
「馬鹿言え。もしダメだったらウチに来い。俺はダメでも、お前の分ならゲームやらせてもらえるように親に言うから」
そして長谷川は真剣なまなざしでそんなことを言った。
もしかしたら、こいつも大概アホなのかもしれないな。
「んじゃ、成績表取りに行こうぜ」
「おう」
そう言って俺は長谷川の後に続いていった。
渡された成績表には、2年生でありながら『A判定』と書かれていた。
「じゃあ、そろそろ行く」
夜の9時、俺はご飯を片付け終えると家主にそう言った。
「……うん。気を付けてね」
「何に気を付けるんだよ。家に帰るだけだ」
「そっか。そう……だよね」
なぜかうちの家主は泣きそうな顔をしていた。
それが単なる別れの寂しさなのか、それとも俺の不幸を予感してのことかはわからなかった。
「あの」
俺はこういうときに自分の弱さを呪う。
彼女にかけるべき言葉もみつからないし、彼女に告げる別れの言葉も見つからなかった。
だから俺は言葉で足りないところを補おうと、精一杯頭を下げた。
「ありがとう、ございました」
世界一ダサい礼だったに違いない。
背中には学校指定のリュックサックを背負っていて、言葉も
俺はそのまま彼女の顔を見ずに、1か月過ごした家を後にした。
俺の家は歩けば40分ほどのところだ。
普段ならば電車で帰るところだが、俺は感情を落ち着けるためにゆっくりと歩いて帰った。
もう時刻は夜の10時。こんな遅くになったのは家主との時間が名残惜しかったとかそんな女々しい理由ではなく、単に父親の帰る時刻が遅いだけだ。
家に着いた。
なんてことない、普通の一軒家だ。
だがどうしても好きになれない家だ。感じるのは懐かしさではない。そう、これは旅行から帰ってきたときのような、先のことを考えて気だるくなるタイプの感情だ。
我が家なのにインターホンを鳴らす。
「はーい」
玄関で迎えたのは俺の姉だった。
「寒かったでしょ、入って」
事前に姉さんから父親に今日会うことは連絡してもらっていた。
ちなみにこの姉は大学生の身分でありながら年に4桁万円も稼ぐ売れっ子小説家である。
そんな姉に指示されるまま居間に行く。
待っていたのは退屈そうな顔をした父親一人だった。二人きりで話す、ということらしい。
「座れ」
退屈ではなく怒りだったようだ。声に棘がある。
「なんだ。話があると聞いた」
40後半で冴えない顔をしているが、家の中だけは大きな顔をしている。
目の前にいる男はそういう男だった。
俺はそんな奴に対し、カバンから模試の成績表を出した。
「先日あった東大模試の結果」
ぶっきらぼうに言う俺に気にした様子もなく、父親は成績表を手に取るとざっと中身を見た。
「A判定か。よくやっているじゃないか」
満足そうに父親が頷く。馬鹿にしたくなるほど正直な親だ。
父親は眼鏡をかけ直す仕草をすると、「それで」と眉間に手を当てたまま言った。
「それで、なんだ? いい成績を取ったから、ゲームをやらせろとか言うんじゃないだろうな」
「――――っ」
先んじて俺が言おうとしていたことを言われる。まるで俺が言おうとしていたことが分かっていたかのように。
いや、当然わかっているはずだった。ゲームのことで家を出たのだから、返ってくるのはゲームの話を終わらせるために決まっている。
それでも俺はなぜか動揺をしていて、頭に血が上っていた。
「そうだよ‼ お前の言う成績も取り続けてきたし、模試でも結果を出した。毎日ゲームをやりながら、な! これで一体何の文句があるってんだ、ゲームを無駄に縛る必要もねえだろうが‼」
口調が強くなるが、その分気持ちは届いたはずだ。いや、はずだった。
「ダメなものはダメだ」
しかしまともに俺の父親は、まともに取りあうことはしなかった。
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この話は長くなりすぎたので3話に分けて投稿します。明日2話更新する予定です、よろしくお願いします。
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