第20話 模試
「お、珍しく勉強しているじゃあないか」
仕事から帰ってくると、リビングで背中を丸めて勉強をしている隼くんの姿が見えて、わたしは声をかけた。
「いつもやってるだろ…………」
「リビングで勉強してて腰とか痛くならない?」
「無視かよ……。まあ、大丈夫だけど」
「そっか」
隼くんの部屋に机があるのに、なぜかリビングで勉強をしている。
「ふむ……ひとりで寂しかったと見える」
「何を勘違いしているのか分からんが……気分転換で場所を変えてやってるだけだ。それにあっちは誘惑が多いしな」
「わっかるぅ。ついつい本棚にある漫画を読んじゃったりね」
それで漫画を読んだら深夜になってて、明日やればいっかーってなるやつだ。すっごくわかる。
「それよりお腹すいたろ? 飯にしよう」
「お、なんか主夫感が隼くんから」
「出てねえよ。余裕で高校生だ。あと主夫感ってなんだ」
そう言いながらも
そういえば前に似たような場面をドラマで演じたことあるな。まあその時の俳優さんより一回りくらいちっちゃいけど。
「今日のごはんなにー?」
「ご飯と味噌汁と鮭の焼いたやつ」
「じじくさ…………」
「うっせえ、てめえは反抗期の子供か‼ 栄養バランス考えてしっかり食え‼」
「はーい」
「はいは短く‼」
ったく……と呆れている隼くんだが、意外と彼は世話好きなのかもしれない。家事とか食事とか適当に済ませちゃう私に対して、こりずに何度も注意をしてくれる。まあそのせいでこっちはダメ人間になっちゃうんだけどね!
「でも毎回毎回、私に合わせて食べなくてもいいのに。今日みたいに9時過ぎになっちゃうこともあるからさあ」
「…………いや、俺も意外とお腹が空くのが遅いんだよ」
「ほんとかなー? 帰ってきたとき腹ペコっぽい顔してたけど」
「………………空腹の方が頭が働くってシャーロックホームズも言ってたから」
「ふーん」
どうやら意地でもわたしと一緒にご飯を食べたいらしい。
うりうり、かわいいやつめー。
とか冗談は置いといて。
「お腹が空いたらちゃんと食べるんだよ。我慢は体に良くないからね」
「わかってる」
今度はわたしと隼くんで立場が逆転。でもなんとなくむずがゆい感じだ。わたしが人に説教をするのに慣れてないからかな。
「それより、何の勉強してたの?」
テレビをつけながら、わたしはご飯をもりもり食べる。
「明日の模試の勉強。これから2日間、模試があるんだ」
「大事なやつ?」
「まあ学校の定期テストよりは大事かもな。
「ほえーどこ大学の模試を受けるの?」
「一応、東大だけど……」
なんとなくで聞いたけど、返ってきたのはわたしでも知ってるような大学だった。
「え、すごーい‼ 東大? 東大行くの?」
「う、うぜえ……。まあ一応東大にしてるって感じ。まだ2年だから決まったわけじゃないけど」
「でも有名な高校で10番以内に入ってるんだよね? そりゃ受かるなー」
「予想が雑すぎる」
隼くんは
だって隼くん、めちゃくちゃ勉強してるし、頭もいいからねえ。
「でもそれって3年生が受けるやつじゃないの? 2年生でも受けるの?」
「お、よく知ってるな。珍しい」
「ほら、前にうちに来たすみれっていたでしょ? あの子の妹がいま高3らしいんだよねえ」
「なるほど」
ちなみに妹さんはすみれと違ってめちゃくちゃ勉強頑張ってるらしい。すみれがいつも「妹には頭が上がらん」って言ってたからな。
「話を戻すが、2年でもうちの高校では受けさせられるんだよ。どうせ来年受けるから、って言ってな」
「でも3年生がメインって……さすがの隼くんと言えど、上位は無理だよね?」
「無理だが……あいつを納得させるには、やらないといけない」
そこできゅっと隼くんの目が細まった。口も結んで、険しい顔になる。
あいつとは、多分隼くんのお父さんのことだろう。
「ここで成績がよければ……あいつも認めるかもしれない」
認めるのは、ゲームのこと。つまり、また前みたいに家でのんびりゲームができるようになるかもしれない、ってことだ。
……ということは、隼くんもこの家を出る日が近づいているのかもしれない。
「でも隼くんなら3年生相手でもやれるかー! 隼くんだもんね!」
そして、何故だかわたしは話がそっちの方向に向かうのを避けていた。
「あ? ああ、まあやるだけはやろうと思ってる」
「頑張れー! でも夜更かしはすんなよー!」
「うい」
ご飯を食べ終わったわたしの皿は隼くんがさっさと持ってっちゃった。隼くんは言わないけど、わたしの負担を少しでも減らすためだ。
「じゃあ先のお風呂入っちゃうねー」
「おう」
わたしはそれでも、隼くんを応援しよう。
それが正しいはずだ。それでいいはず。
合ってる……はずだよね?
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