第18話 家主の不法侵入②

 とりあえず俺と家主が一線超えたのではないかというXの誤解が解けたところで、俺たちはもう少しおとなしめの話をしていた。


『ベッドは一緒なの? 寝る場所は一緒? もしかして、添い寝?』

「そ、そんなことしてないよ! 部屋も別々だから‼」


 お、おとなしめの話を……していた。


 というかXもさっきからやけにこういうことばかり聞いてくるな。なんだこいつ、実は変態なのか?


『へえ、でもお風呂とかは一緒に入ったり』

「するわけねえだろ‼ アホか‼」

『でもお風呂上がりの梨川さんの姿は見たり』

「…………」

『したんだね』


 しました。ちなみに着替え用の下着を用意するのを忘れて、裸にタオルを巻いただけの家主を見たことだってあります。はい、ボクは最低です。


「でも、決してやましいことはしていない。それだけは神に誓って言える」

『かっこいいこと言ってるようだけど、お風呂上がり見てる時点で全然説得力ないからね』

「ぐふぅっ……」


 Xの言う通りだった。言い返す言葉もなかった。でも少しくらいかっこいいこと言わせてくれてもいいじゃないか。


『でも、本当に手を出したらダメだよ。見つかったときにやましいことがあったら、梨川さんだけじゃなく君も終わりなんだから』

「……分かってるよ」


 それは俺も忘れてはいない。

 ただ、そういう事情がなかったとしても俺は家主には手を出さなかったに違いないが。なぜなら彼女は恩人であって、その優しさにつけこむようなことはあまりにも恥知らずだからだ。


『まあ、もし彼女からの誘惑がきつかったら言ってね。うちに泊めてあげるから』

「誘惑って…………てかお前んち泊まる方が問題あるだろうが」

「そうなの?」

「だって、ほら…………歳が近い女の子だし……」

「ウブだねえ……」『ウブね……』


 なんか不当な評価を得たような気がするが、まあいいか。


「あ、というかひとつ気になってたんだけど」


 少し重苦しくなっていた雰囲気を感じたのか、家主はパンと手を叩いて話を変える。


「FRUITSMIXさんはどうやって隼くんの正体を見抜いたの? 」

「ああ、そういえば俺もそれは気になってたな」


 なんとなくお互いの素性について話し合うのは気恥ずかしくて口にしていなかったが、ずっと気になっていたことでもある。どうして俺がsiX_senseだと分かったのか、どうしてこの家が分かったのか。


『ああ、それね。単純に盗み聞いたのよ』

「ずいぶんと簡単に白状しやがったな」

『だって大声で話してるだもん、君たち。聞きたくなくても聞こえちゃうよ』


 君たちというのは俺と長谷川のことだろう。たしかにそれはその通りだったため、何も言えねえ。


「…………じゃあこの家はどうやって突き止めたんだよ」

『どうやってって、尾行以外にある?』

「当然かのように言うな‼ 犯罪だろもはや……」


 要は、俺がsiX_senseだとバレたのは俺のせいだったが、住所がバレたのはあいつの犯罪だったらしい。え、なんかどっちもどっちみたいな言い方になってませんかこれ。


「ふむ、隼くんも意外と背後は気を付けないタイプなんだね」

「逆に背後に気を付けるタイプってなんだ」

「わたしみたいなタイプ?」

「お前は全方位に隙があるタイプだろうが」


 背後に気を付けているのは俺の知る限りゴルゴ1〇だけだ。


『…………あの、あんまりイチャイチャしないでもらえると助かるんだけど』

「い――っ⁉」「イチャイチャ……⁉」


 俺と家主で勝手にヒートアップしているところをXに水を掛けられる。

 しかしイチャイチャとは。またひどい言いがかりだった。


「……それで、尾行してマンションまでは分かるだろうけど…………。部屋番号なんて分からないだろ?」

『………………まあそこは企業秘密ね』

「おい、今のは何だおい。犯罪の匂いがしたんだが」

『さ、さ、さすがにしてないわ』

「尾行をあっさりゲロったやつが言えない犯罪って一体何なんだおい⁉」


 まさか盗聴器とか発信機とかつけてないだろうな……とは恐ろしくて言えなかった。実際にやられているケースを否定しきれなかった。


「でも、なんでそこまでして隼くんの正体を突き止めたりなんかしたの? 他にもゲームの上手い子なんていっぱいいると思うけど……」


 家主は俺とは違うことを考えていたらしい。

 たしかに、動機は気になるな。


『ふふっ。梨川さん、それだけ一緒に過ごしてて、隼くんのこと何もわかってないのね』


 しかしその疑問にXが返したのは、挑発のような口調だった。


「……な、なに」

『彼はそこらへんにいる有象無象のFPSプレイヤーとは違うってことよ』


 何やら自慢げに語りだしたX。止めるべきかとも思ったが、家主もむっとした顔をしておりこれは好きに話させた方がいいだろうなと思った。


『いい。彼はね、いま一番注目されているFPSプレイヤーなのよ』

「い、一番……?」

『そう、しかも世界で一番、ね』


 さすがにそれはXの誇張表現だとは思ったが、うちの家主は相変わらず人を疑うということを知らない人間だ。

 というかそもそもゲームに詳しくない家主が俺のことを知らないのは当然だ。別に張り合う必要もない。


『そんなものも知らないで同居してたのかしら。ふふふふ、面白いわね』

「な――っ‼ わ、わたしだって、隼くんのこといっぱい知ってるもん!」


 なのに、上手く挑発されて乗ってしまううちの家主。まさかの、年下の女子にからかわれている。


『へえ、例えば?』

「た、たとえば、卵焼きを作ろうとしてスクランブルエッグにしちゃったとか、朝はいつもニワトリみたいな寝ぐせがついてるとか、意外と筋肉がないのを気にしてるとか……‼」

「あの、家主さん?」


 なんか俺の悪口大会というか恥ずかしいところ暴露大会が勝手に始まったんだが。言いたい放題なんだが?


『へえ、それでそれで?』

「あとは、あとは……‼」


 最初からXもこれが目的だったに違いない。絶対にまた二人でやってる時にいじられる……。


 一方的に人の情報を知り尽くしているXを見て、俺は一刻も早く彼女の正体を暴かなければならないと深く決心した。

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