第17話 家主の不法侵入①

「ふぅ、ようやくレーティング1800か……さすがにここまでくると一筋縄ではいかんな……」

『まあまだ勝率5割くらいあるけどね……』


 夜の11時。俺はいつものようにXとToBFを楽しんでいた。

 Xとランクマッチに潜り始めて1週間、レーティングも始めの1500から300も上がっている。


 しかし、うなぎのぼりというやつでここまで登ってきたが、レーティングが高くなってきてから徐々にその上がり方は穏やかになっていた。


『やっぱり1800となると、動きが違うね。みんなちゃんと考えて行動してるし、強いポジションは抑えられてる』


 そして、今まで指示を出していたXも少し苦戦を強いられている。というのも、相手のレベルに対応するのにはまだ時間がかかっているからだ。ただこれは仕方がないことで、FPSに慣れているプレイヤーとそうでないプレイヤーには動きに差があるから、先週までは初心者の動きに合わせてこちらも戦っていたが、今度は熟練者の動きに合わせて行動しなければならない。今はその動きの差をXの頭に覚えさせているところでもある。

 まあただ、どうせすぐに次のレベルに上がるから、また修正が必要になるだろうが。


「わりい、ちょっと飲み物取ってくるわ」

『いってらっしゃい』


 俺は彼女に断りを入れて、部屋を出る。


 この時間、この家はとても静かだ。家主は大体翌日に備えて10時過ぎには寝る。もちろん隣の部屋からの騒音とかもないので、さっきの戦場とは打って変わって音がないのだ。


 そろりそろりと足音を立てないように冷蔵庫にたどり着く。


「ばぁ‼」

「うぐえがえがぁ――――ッッ⁉⁉」

「ぷくくく。隼くん、驚きすぎでしょ」


 しかしその前に化け物が潜んでいて、俺は変な声が出る。

 化け物は両手を上げて動物のようなポーズをしている。俺はその口にきらりと光る八重歯を幻視した。ちなみに顔は憎たらしいことに満面の笑みである。


「い、いや、まさか起きてるなんて思わなかったから……」

「わたしもたまたまねえ、水を飲みに来たところだったの。そしたら隼くんが来たから」

「来たから?」

「驚かそうとしてみた」

「してみた、じゃねえよ‼」


 マジで心臓が止まるかと思ったんだぞこっちは。ふざけやがって。


「いやあ、意外にこういうのに弱いんだねえ」

「う、うるさい。俺は人間として正しい反応をしたまでだ」

「ぷくすすすす。もっとイイ言い訳くらいあるでしょ」

「うるせえ、早く寝ろ‼」


 困ったときの逆ギレ。逆ギレをすると、意外と相手も困る。ほら、よく「わたしが悪かったっていうの』って返してくるだろ。あれだよあれ。困ったときはキレたほうが強いパターン。生活の知恵のひとつである。

 ちなみに今の文句は、Xがよく言うセリフである。冷え切った声であれを言われると、ほんとにチビりそうになるんだよなあ……。


 どたどたとわざとらしく足音を鳴らして自分の部屋に戻る俺。

 だが。


「……なんでついてきてるんだ…………?」

「いえいえ、気にせず気にせず」


 小さな恐竜のようにのたのたと俺の後ろをついてきている家主。

 ……さすがに無視しろというのが無理だと思うが。


「あの、俺もう少しゲームやるんですが」

「知ってる知ってる」

「あの、他の人と話しながらやってるんですが」

「知ってる知ってる」

「…………」


 このいくつかのやり取りで分かったことは、何を言っても無駄だということだ。


「はぁ……」

「お邪魔しまーすっ!」


 俺がため息を吐いたのを了承したと思ったのか、にっこにこでついてくる家主。いやそりゃ俺に拒否する権限はないんだけどさ。


 さてなんと言おうかとヘッドホンを付けながら考える。


 だが、Xから先手を打たれた。


『今の声……もしかして、同居してる彼女?』


 そりゃそうだ。この家にパソコンやもろもろを送ってきたってことは、同居人の存在も、同居人の素性すじょうも全部知ってるはずだよな。


「はい、そうです」

『こっちの声って、いま梨川さんには聞こえてるの?』

「いや、ヘッドホンにしてるけど……」

「お! 噂の彼女と話してるんだね‼ わたしも話に混ぜてー」

「…………」『…………』


 警戒心というものをビックバンと一緒に消滅させてしまったであろう家主は、見知らぬ相手とも会話をしようとしている。

 そのことに俺だけではなく、Xの方も呆れていた。


「ほら、ほらっ!」

「わかった、分かった! ヘッドホン外すから‼ 引っ張るな~‼」


 音声の出力をモニターからにして、家主にもXの声が聞こえるようにする。


『ずいぶん仲がいいのね……』

「お、喋った‼ こんばんは~」

『こ、こんばんは……』


 俺とやっているときは悪口やら罵倒やらを言いまくっているXといえども、国民的女優を前にすると言葉に詰まるらしい。


「声かわいいねえ。うん、若いって感じ」

「お前もまだ24だろ」

「成人前と後だと差があるんだよぅー」


 がんがん前のめりに絡んでいく家主に、俺は椅子に座ったまま顔を向ける。


 だが、すぐに顔をモニターに戻した。理由は言うまでもなく、露出度の高さである。


『一つ聞いていいですか?』

「ん、なになにー」


 Xが敬語で話したからか、家主は自分に対するものだと思って返事をする。


『二人ってもう…………S〇Xしたんですか?」

「ぶふぅぅう―――ッ‼」


 と思ったら、Xがいきなりぶっこんできた。やべえ話、ぶっこんできた。


「お、おま、ちょっと」

『だって同じ屋根の下で過ごしてるんでしょ? ABCのCくらいは済ませててもおかしくないんじゃ?』

「もう何もかもにツッコミたいが、ひとまずそ、そういうことは一切してない」

『あら、意外と君もウブなのね』

「そういう問題じゃないだろうが‼」


 まず初対面に聞くことなのかそれ。

 ちなみに家主はそういうことに対する耐性が全くないらしく、顔を赤らめてショートしている。


 だがこれだけで終わらないのが、今日、12月11日。


 Xと家主を挟んだ会話は、まだ終わらないのである。




 ――――――――――――――――――――


 今回はあまりFPSと関係なかったですが、ひとつ解説させてください。


 FPS解説③ 強いポジション


 FPSをやらない人は想像するのが難しいかもしれませんが、特にバトルロワイヤルにおいては、強いポジションというものが存在します。具体例で行くと主に、高所、周りが見渡せる場所、後ろから敵が来る心配がない場所、などですね。これはそれぞれ強い理由が違います。


 高所が強い理由は、優位に撃ち合うことができるからです。相手が自分よりも低い位置にいると、こちらからは相手の体が丸見え。しかも頭に当てやすいです。体が丸見えだと純粋に当てることにできる範囲が広いですし、頭に当てやすいとその分ダメージ効率がいいです。だから高所は強い。


 周りが見渡せる場所というのは、戦場を把握することができます。どこに何人の敵がいるのか、次はどこの場所に移るとよさそうか、など情報量が多いためこういったところは強いです。ただしここは、周りから撃たれやすいポジションでもありますので、一概に強いわけでもありません。大体強いくらいですね。


 後ろから敵が来る心配がない場所は、守りに強いです。片側だけを見ていればいいですし、そこさえ気を付ければゆっくり回復できる場所でもあります。こういった場所は地味に強くて、また後ろから敵が来てやられることがないので安心して戦いにいくことができることから上級者に好かれる場所でもあります。


 バトルロワイヤルは特にポジション取りが大事で、ポジションが悪いと撃ち合いにすらなりません。しかもポジション取りは頭のよさやセンスが露骨に出てしまうため、才能による面が大きいのも覚えておいてください。







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