第15話 高校生は進路で悩む①

「――はあ⁉ お前よりも上手いやつが、この高校にいる⁉」

「落ち着け長谷川。うるさい」


 週明けの月曜日、長谷川にXことFRUITMIXのことを話すと、腰を抜かして驚いていた。


「ああ、すまんすまん。まさかそんなこと言われると思わなくて」

「大丈夫だ。まあさすがに俺も驚いたからな」

「そりゃそうだよなあ。お前みたいにFPSができるやつ、世界で探してもそうそう見つからないのに……同じ高校にいるなんて」

「俺については過大評価だとは思うが、世間は狭いなあと思わされたよ」


 長谷川は前にも言ったがFPSの動画を漁るだけ見漁って、実際にプレイはしたことがないという人間だ。

 だからFPSの上手さ、みたいなものを見る目だけはあるので、俺の実力ももしかしたら的外れの評価でもないのかもしれないが。


 まあそれよりXの話だ。


「お前心当たりとかあるか? うちの高校でFPSが上手い女子」

「いや、さすがにない。というかこんな勉強オタクが多い高校でそんな人間が多いとは思わなかった」

「勉強オタクって……普通は優等生のことを指すと思うんだが……」


 長谷川が毒のある口調でそう言ったので、俺は思わず笑ってしまう。

 こいつが一番勉強をしているはずだが……下手したら自分のことをけなすような言葉をこうもあっさり言ってしまう長谷川は、やっぱり見ている世界が違うらしい。


「まあいずれあっちから現れるだろ」


 とにかく長谷川が分からないということはこれ以上考えてもせんのないことだ。

 俺はそこで打ち切りとばかりに弁当箱を片付ける。


「それでも、おもしれえよな」


 だが、長谷川は違ったらしい。


「おもしろい?」

「おもしれえじゃん。うちの高校に天才といえるお前がいて、それで今度はお前が認めるほどのプレイヤーが出てきたんだろ? 燃えるだろふつう」

「少年漫画の読みすぎだぞ……」

「目指せ世界一! 友情・団結・勝利だな……ってお前は大体欠けてるか…………」


 酷い言われようだったが、その通りだったので何も言い返せなかった。

 

 ただ言われっぱなしはしゃくにさわるのでどうやって反撃しようかと考えていたところで、長谷川が話を変えた。


「あ、そういやシュン。進路調査、どうした?」

「ああ…………そういえばそんなのあったな……」


 嫌なものを思い出させられて、急に体が重くなる。ただ、これは俺だけではないはずだ。

 大半の高校生は、やりたいことがないだろう。または、やりたいことがあっても職業にするとなると躊躇ためらわれて、別の安定的な仕事を探す中途にいるという感じか。とにかく進路を決めきれない高校生は多い。


 そして俺もその例には漏れなかった。


「長谷川はもう決まってんのか? って聞くまでもないか」

「いや、意外と俺も決まってはない。ただ、彼女と大学通いながら、一緒に考えようと思ってな」

「けっ。のろけかよ」

「まあな」


 長谷川のことは後でぶん殴るにしても、進路はそろそろ決めなければならない。なんて言ったってもう高校2年生の12月だ。


 もうそろそろ真剣に向き合わないといけないな、と憂鬱ゆううつな気持ちでそう考えた。






「なあ」


 相変わらず家に帰ってくるのが遅かった家主に、俺は夜ご飯を食べながら聞いてみることにした。


「んーどした?」

「いや、あんたってどうやって進路決めたのか……気になってさ」

「進路? あー、隼くんももうそういう時期だよねー」


 家主はみそ汁を飲みながら、ぼけーとアホ顔で聞いている。


「女優だろ? かなり覚悟が必要だったんじゃないか? 進路を決めるのも大変だっただろ」

「んいや、うちは母親が乗り気だったからねえ。『いっちゃえやっちゃえ』の精神だったよ」

「そういうもんなのか……。なんていうか、どうしてお前のネジが外れたのか、そのルーツが分かった気がするな……」

「うふふ、自慢の母親なのです!」


 家主は俺の言葉を誉め言葉と受け取ったらしい。どういう思考回路なんだいったい。


「でも、父親は反対したんだろ?」


 俺もあまり深く考える気はなく、雑談感覚でそう聞いた。


「ううん、わたしが小さいころに、お父さんは家を出ていっちゃったから」


 だが、思わぬところに地雷は仕掛けられているものだ。俺も悪気はなかったが、彼女の思い出したくないであろう過去を引っ張り出してしまった。


「そ、そっか……。ごめん、無神経むしんけいなこと聞いた」

「大丈夫だよー。ふつう、どこの家にもお父さんはいるもんね」


 セリフだけ聞いたら本当に心が痛くなる言葉だったが、家主はそれを平然と口にした。

 だからこそ、これ以上俺もその話をしようとは思わなかった。


「ありがとう、参考になった」

「ん、ならよかったぜ!」


 男みたいな口調で笑って返した家主に、俺は人間としての大きな差を感じた。

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