第8話 謎の女、出現
「おーい、ハヤブサくん、早くして~」
インターホンから聞こえてきたのは、俺の名前。つまり、俺が彼女の家にいることを知っているということになる。
パパラッチ、あるいは俺のことを付けてきた何者か……。
とにかく、警戒をさらに高めなければならない相手であることはたしかだった。
「…………」
ひとまず居留守だ。相手はカマをかけているだけかもしれない。下手にこちらからアクションを仕掛ける必要はない。
と、そんなことを思っていたのだが。
「はあ、しょうがない。行方不明みたいだから、警察に連絡するしか……」
「ま、まて‼ いる、いるから‼」
どうやら俺が居留守を使っていることはバレバレだったらしい。
「もー、最初から返事してくれちょうだい~。はい、開けて」
彼女は要注意人物だが、もう俺には開ける以外にできることがなかった。
そのまま彼女はエレベータで上がってきて、そしてもう一度今度はこの部屋の前でインターホンを鳴らした。
「おーい、きたよー。家にいれてー」
そう言われ、俺は慎重に扉を開けた。一体何者か。俺は注意深く彼女を見て、始めの一瞬でできるだけ多くの情報を得て優位に立ち回ろうと考えていた。
「はーい。君がハヤブサくんね?」
しかし、現れたのは彼女に負けず劣らずの美女、いや美少女だった。
少し茶色がかかった髪に、しっかりと顔や唇を引き立たせる化粧。身長もヒールを履いていて高く感じる。
歳は俺よりも少し上くらいだろうか。大人っぽい余裕を感じるのは、最近関わっていたのがどこかの非常識で幼稚な女のせいだろうか。
色々と俺が彼女のことを観察していると同時に、彼女も彼女で俺のことをじっくりと観察していた。値踏みをするような目だ。
彼女の目には俺がどう映っただろうか。短い沈黙があった後、彼女は
「まー大丈夫そうかな。よし、失礼しまーす!」
彼女はそれから陽気な口調で部屋に入り込んだのだった。
「んで、あんた一体誰なんだよ……」
家の隅々を歩き回って何かを探していた彼女に、俺はしびれを切らして声をかけた。
「あたし? あ、そういえば自己紹介まだだったわね」
彼女はリビングの隅で警戒している俺の前に立つと、あまり豊かとはいえない胸を張って言った。
「あたしは、
「あの女と……?」
「あーら、泊めてくれてる人を『あの女』は酷いんじゃない?」
そういった彼女の指摘は確かに的を得ていたが、それを気にするよりも先に俺には安心がこみあげてきた。
なるほど、彼女の知り合いだったのか。
「御伽と現場が一緒になってね。彼女から事情を説明された後に、『まだ終わんないから先に帰って様子見てきてくれない?』って言われたのよ」
「過保護か」
「まあ普通の場合、君が盗みを働いてないかとか気にして言うんでしょうけど、御伽の場合はたしかに過保護って感じ」
「っていうか事情話したのかよ、あいつ」
さらっと言っていいことではない気がするが。ただそこまで馬鹿でもないだろうから、この工藤という女は彼女が秘密を打ち明けられるほど信用に足る人物ということなのだろう。俺にとっての長谷川みたいな存在なのかもしれない。
「まああたしとしてもいきなり見知らぬ男を家に上げたっていうから見に来たんだけど……」
そう言って彼女は俺の方を見てニヤリと口の端をあげた。
それから突然――抱き着いてきた。
「まさかこんなかわいい子だとは思ってなかったわー♡ いいじゃんいいじゃん」
「や、やめろ、いきなり何する‼」
「うーん、ウブなところもいいねー♡ 高校生はちょっとあたしの守備範囲より少し上なんだけど……見た目もちっこくてかわいー!」
「は、気持ち悪い、やめろショタコン‼ 俺はショタじゃねえぞ‼」
必死に拘束を振りほどこうとするが、意外にもこいつの力が強い。
というかこれに関しては俺の力が弱すぎるのかもしれない……。
「うーん、性格は少し悪そうだけど……まあそれくらいいっか」
「離れろって言葉が聞こえないのか、この女‼」
「今日は御伽にも家に泊めてもらうって言ったから……一緒に寝ましょうね~」
「誰が寝るかこんなやつと‼」
これはあれだ。俺がこの家の家主とは別に警戒しなければならないタイプの女だ。
しかも少し姉にノリが似ているから、そのことが余計に俺の苦手意識をくすぐる。
「それとも……別の意味で、寝ちゃう?」
「だれか―‼ 警察の方はいませんか――⁉」
それから約3時間、彼女とは追いかけっこが続いた。
もちろん3時間とは、家主が家に戻ってくるまでにかかった時間である。
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