第7話 持つべきものは口の堅い友達

「てかさ、お前家出したらしいな」

「なんだよ、藪から棒に」


 昼休みに入り生徒のいない南棟の屋上へ続く階段でご飯を食べていると、ふと長谷川がそんなことを聞いてきた。


 ちなみにどうしてこんなところで食べているのかと言えば、教室で食べていると長谷川の彼女がうるさいからである。彼女は長谷川が俺とつるんでいることをよく思ってないからな。


「ああ、ちょっと、な」

「オレの親が言ってたぞ。『京子きょうこちゃんのところのシュンくんが家から出てっちゃったー』って」

「俺の親はそんなに騒いでないはずなんだがな」


 京子とは俺の母親の名前だが、基本的にそんなに大騒ぎしない。というか出来損ないの俺が出ていったところで何も思っていないだろう。


「家出したんなら、オレの家に来ればよかったのに」

「長谷川の家に行ってもすぐに連れ戻されるだろ。お前のお母さん、すごく心配してくるし」

「ははは。間違いない。でも、そう言ってるってことは、今回はガチなのか?」


 急に真剣な顔をして長谷川が尋ねてくる。


「ガチも何も、今んとこ家に帰る気はさらさらない。今帰っても何も変わんないだろうしな」

「まあなー、あっちからしたら『たかがゲームで』って思ってるだろうしな。しかもその価値観の違いが、今の状況になってるんだもんな」

「あいつらは考えが古くさいんだよ」


 ゲームが教育によくない、と言われていたのは少し前までだ。現に俺は学校の成績を落としていないし、むしろゲームのおかげで頑張れているところもある。


 なんてことを考えて購買で買ったパンに手を付けていると、長谷川が質問をしてきた。


「それで、今はどこに住んでんだ?」


 そしてそれは、俺が一番聞かれたくない質問だった。


「まあ、えっと……」

「まさかお前みたいに頭のいいやつが見知らぬ人の家に転がり込んでるわけでもないだろ? あ、お前の姉ちゃんの家か?」

「い、いや、姉さんには連絡はしたけど……」

「なんだよ、歯切れわりいな」


 言うべきか、言わないべきか。

 超有名な女優の家に居候をしているということを。


 言ったらリスクが上がる。まさか長谷川が他人に言うとも思えないが、秘密は知っている人間の数だけリスクが上がるものだ。

 しかし、長谷川には相談したいこともある。俺なんかでは分からないことを長谷川は知っているだろうし、困ったときには頼りになる奴だ。相談相手としてはこれ以上に最適な人間もいない。


「なんだよ、言えないようなところなら聞かねえけど」

「…………いや」


 散々迷った挙句あげく、結局俺は長谷川に本当のことを伝えることにした。





『――いいか‼ 絶対に二人で外を歩くなよ! お前のご両親も捜索届を出してないみたいだし、お姉さんに事情を説明したっていうなら法律に引っかかることもないだろうが、それはそれだ。梨川さんには女優としてのブランドがある。下手な真似はするなよ。あと…………よかったら一枚、サインをもらってきてくんね?』


 長谷川に本当のことを話した後、意外にもやつはすぐに冷静になって忠告やアドバイスをくれた。


「さすがにもう少し驚かれると思ったが……」


 そんな俺はというと、彼女の寝室にいる。


 というのも、俺が家出してまで勝ち取ったゲームの権利は、彼女の寝室にあるのだ。

 そう、彼女の寝室にあるパソコンに。


「下手な真似ってもなあ……」


 無感情に敵を倒しながら、そんなことを考える。


 まあ察するに長谷川が懸念したのは、俺が彼女に不埒ふらちな行為をすることだろう。ただそれは杞憂きゆうだと言わざるを得ない。

 自分を助けてくれている恩人にそういうことをするわけもないし、そもそも……。


「本人がここまで無防備じゃねぇ……」


 辺りに散らかっている下着類や、彼女の生活感を隠しきれていない布団の乱れ。

 俺がこの部屋に入ることを知っているのに、この有様って……。


 つーか、デカいな……。ぶらj……。


「じゃなくてだな!」


 一瞬気持ちが動揺したその瞬間に、画面の中では俺の操作していたプレイヤーが敵にキルされている。


「はぁ……」


 集中が途切れた俺は、椅子にがっつりもたれる。時計を見るともう18時を回っていた。


「いつ帰ってくるか分からんし、そろそろやめるか……」


 俺がゲームをできるのは、彼女がいない間だけだ。


 さすがに深夜にはうるさくてできないし、俺にはよくわからないがドラマ撮影というのは相当疲れることだろう。


 俺の家での立ち回りは、とにかく空気に徹することなのだ。


「なんか晩御飯を作れればいいんだが……あいにく調理道具もないんじゃあねえ……」


 仕方ない。コンビニに行ってサラダでも買っておくか。


 そう思い、立ち上がったその瞬間だった。


 ――ピンポーン。


 家のインターホンが鳴る。その音に俺はドキリ、と心臓が弾んだ。


 一瞬だけ、この家の家主であるだと思ったが、すぐに違うと考え直す。家の家主ならキーを持っているはずだ。わざわざインターホンを鳴らす必要はない。


 それに、とインターホン用のカメラに目を向ける。

 そこには何も映っていない――ということは、あれは部屋の前のインターホンではなく、マンションの入り口からのコールだ。彼女なら難なく入れるところである。


 マズい。これは彼女宛ての客だ。俺の存在がバレたらマズいことになる。「あれ、御伽おとぎに会いに来たのに……あなた誰?」ってなったらもうおしまいだ。


 どうする、彼女に電話するか? いやでもまだ仕事中か。下手に迷惑をかけるのも……。


 そんなことを思っていると、もう一度俺を急かすようにピンポーンという音が鳴る。


 ひとまず居留守を使うか? それとも……。


「おーい、そろそろ反応してくれない?」


 とうとう声での呼びかけも始まった。まずいまずいまずいまずい。


「ねえ、早く開けてよ。くん?」

「――――――っ⁉」


 だが、事態は思っていたのとは別の方向に進んでいったのだった。


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