第6話 学校にいるのはうざい友達だけ

 月曜日。見知らぬ女の家に転がり込んでから2日が経った。

 そして今は12月なので、当然のことながら普通に高校の授業がある。


 というわけで、俺は鞄に荷物を詰めて学校に向かう準備をしていた。


「おー早いのぉ、高校生は」

「寝巻きのまま部屋から出てくるなって何回言ったらわかる?」

「おお、そーりーそーりー。寝起きだから許しておくれ」


 相変わらず無防備に出てくる女に朝から血圧が上がる。

 服が崩れているしぺたぺたと裸足で歩いてくるしなんだこの生き物は。


「いやあ、隼くんが来てからリビングがあったかくて助かるよ」

「そりゃどーも。それよりあんたは準備しなくていいのか? もう8時だが」

「まあ大体現場は9時か10時スタートだからね。意外と遅いのよ〜」

「そうなのか」


 さすが女優とだけあって、俺の知らない業界のことをたくさん知っている。

 まあそんなことを俺が知ったところでなんの役にも立たないけどな。


「じゃあ先に家出るから」

「ほーい。いってらっしゃーい」


 あくびをしながら言われた言葉だったが、何故だか悪い感じはしなかった。

 むしろ、落ち着くような言葉だった。





 朝、教室に到着するとなにやら騒ぎが起こっていた。


「あんたでしょ、昨日あたしの彼氏にちょっかいかけたの!」

「えー知らないよぉ? 勘違いじゃない?」

「嘘つけ‼ 見たもん、あたし! あんたがあたしの彼氏と一緒に歩いてるの‼」

「それはぁ、やすやすと彼氏に浮気されてるあんたが悪くなーい?」

「な、なにを――っ‼」


 あー、くだらない喧嘩だ。高校1年生にもなってまだそんなことで喧嘩できるのかよ。そんだけ吠え散らかす元気があるなら、その元気俺に分けてほしいくらいだ。


 とはいっても、真正面から言い合っているだけ、まだ健全なのかもしれないが。


 ……ただ、俺の机の周りでやられるのは困るな。


「――そんなに言い合うなら、お友達やめちまえば?」

「は?」


 低いトーンでそう言い放つと、先ほどまで怒っていた方の女子がこちらに鋭い視線を飛ばしてきた。


 しかし、最近女優からどキツイ視線を頂戴した俺には、恐れる理由にはならない。


「だから、そんなくだらない話で喧嘩になるくらいだったら友達なんてやめちまえばいいじゃん。どうせうわつらの関係なんだし」


 と、そこまで言うと今度はもう一人の女子が俺に絡んでくる。


「は? あんたに関係あるわけ? 六原は黙っとけよ。普通にキモい」


 さすがに中高一貫校というだけあって名前は覚えられているらしいな。


「はっ、キモくて結構だね。まあ俺からしたらそんなお友達ごっこして自分の承認欲求満たしてるやつらの方がよっぽど気持ち悪いけどな」


 そこまで言うと、教室がしんと静まり返る。


 その静寂を破ったのは、喧嘩をしていた最初の女だった。


「マジきっも。いこ、晴香」

「うん、ガチきしょいわ。これだから陰キャは」


 そうしてさっさと二人で出てしまっていった。

 

「よっ、相変わらずだな、シュン」

「お前も相変わらずだな。あと、俺の名前はハヤブサだ」

「まあまあ」


 そんなことを考えていると、短髪でいかにも爽やかな男が俺の机の前にやって来た。


 こいつの名前は長谷川純平はせがわじゅんぺい。いわゆるイケメンというやつで、それでいて勉強もスポーツも超一流。俺に絡んでくることを除けば非の打ち所がない人間と言える。

 そして俺からすると、唯一のお友達、という感じか。


「さすがシュンだな」

「なに? 嫌みか?」

「いやいや、違う違う」


 長谷川は嫌味のない笑いを見せると、俺の机に寄りかかるように言った。


「人が一番仲良くなる方法って知ってるか?」

「なんだよ、いきなり」

「それは、共通の敵を作ることだ」

「…………」


 黙ってイラついた視線だけ送る俺に、長谷川は気にした様子もなく続ける。


「あの一瞬でどうすればあの喧嘩が丸く収まるのか考えたお前は、自分を彼女たちの共通の敵にした。わざと嫌われるようなことを言ってな。今頃彼女たちは喧嘩そっちのけでシュンの愚痴に盛り上がってるだろうさ」

「……何を深読みしてるのかは知らんが、俺は自分の机の周りにいた邪魔な人間を追っ払っただけだ」

「やっぱりシュンは凄いねえ。オレじゃ出来ないことを平気でやってのけるんだから」

「そうだな、お前は何を言っても嫌われることはできないだろうからな」

「ま、そういうことにしとくか」


 というわけで、見ての通りうざいやつだ。

 人を勝手に過大評価しておいて、それで満足するような人間だ。


 これが俺の唯一の友達とは、涙が止まらん。


「あ、つーか」


 これでその話は終わり、というように長谷川は顔の色を変える。

 それからこそこそと俺を廊下に連れ出すと、小声で言った。


「おい、お前――ずいぶん目立ってるじゃねえか」


 それを言われて、俺は最初ギクッと心臓が鷲掴みにされるような感覚になった。


 目立っている、そう言われて思い当たることはのことしかない。


 だが、意外にも長谷川の口から言われたのは違うことだった。


「ゲームだよ! お前、週末に海外の有名プレイヤーと戦っただろ‼」

「え?」


 そこまで言われて、それがFPSのゲームの話だということに気づく。


 長谷川も俺がFPSゲームを好きなこと知っている。彼の家は厳しいからやらせてもらえていないようだが、ひそかに俺のことを応援しているという。あとプレイ動画だけは一丁前に見ているらしい。


「戦った……か?」

「ほら、Tombでやつ。お前、知らねえの?」


 そう言って長谷川は携帯を慌てて取り出したかと思うと、段取りよく俺にその画面を見せてくる。


 そこには、『Tombに最高の敵だと言わしめる相手が現れたwwwww』と動画サイトに上げられている動画が目についた。


「なんだ、それが俺ってか?」

「お前しかいないだろ! siX_senseって、変にXが大文字になってるやつ‼」


 そうか? と内心は思いつつも、そういえば前に強い相手と戦ったことを思い出す。一瞬で俺の位置を見抜いてスナイパーライフルを当ててきやがったやつが。


 ――――バタッ‼‼


「どうしましたか、果穂かほさま?」

「い、いえ。手が滑っただけです」


 とか思っていると、近くを歩いていた上級生がどさりと荷物を落としている。


「あれって、3年の本所ほんじょ先輩、だよな?」

「なんだ、長谷川知り合いなのか?」

「知り合いも何も、超有名人だぞ……」


 そうなのかー、と思って彼女の方を見る。

 たしかに短い髪が似合っていて、かわいい部類に入るのだろう。高校という箱の中だと、意外と適当な理由で有名になるものだ。


 と、そんなことを思っていると。


(目が合った…………?)


 一瞬だけ、彼女からも視線が送られてきた。そんな気がした。


「とにかく、プロゲーマーに勝ったなんてことは、先に教えてくれよな‼ くーっ、俺もFPSやってみてえー‼」

「あ? ああ……」


 だがさすがに気のせいだったみたいで、彼女もすぐに視界からいなくなった。


 それからは、長谷川のその上がっていた動画について、熱くなるポイントを延々と語られていた。マジでこいつウザいな……。

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