第5話 ルールは始めに決める②

「どう、使える?」

「…………」


 心配そうにこちらを覗く彼女に構わず、俺はパソコンの設定を確認する。


 一通りウイルス関係のブロックソフトが入っていたり初期のセットアップがされているのは、多分マネージャーさんがやってくれたのだろう。この女にできるはずがない。


 それからコンピュータの性能をハードウェアで確認する。つまりどういったパーツで作られているのか、をチェックする。これだけでも大体の性能は分かるのだ。


 それからベンチマークと言って実際にパソコンにわざと負荷をかけて、どれくらいの処理速度で動画を表示できるかなどの確認をする。まあどれもこれもパソコンの性能をチェックしているということだ。


「どう? どう?」

「一応聞いておくが、今までこれって劇用に動画をチェックするだけだったんだよな?」

「そ、そうだけど……」

「はあ……」


 思わずため息をついてしまう。

 だって、本当にそれだけに使っていなかったとしたら。


「もっ――――――――たいね」

「もったいない⁉ なんか今すごく溜めていったけど、どういうこと⁉」

「いや、そのままの通りだけど」


 そう言ってパソコン本体を指さす。


「このパソコン、めちゃくちゃいい性能してるぞ。動画のチェックだけとか、この10分の1くらいの性能で十分なくらい」

「じゅ、10分の1⁉」

「まあ多分お前のマネージャーさんのご厚意だろうな。なんにでも使えるように高いやつ買ってくれたんだろ」

「そ、そうだったんだ……」


 俺だったら喉から手が出るほど欲しいレベルのやつだ。なんせ俺の家にあったのはけちけちと姉からのおこづかいを貯めて買ったやつだからな。


「ちなみにモニターとかマウスとかキーボードもめちゃくちゃ性能いいぞ。しかもマウスはゲーム用だし」

「わたしゲームなんてやらないのに、マネージャーさんもなんでそんなの買ったんだろ」

「まあ知らんが、ゲームをするには十分すぎるな。むしろ俺が遊ぶよりお前がこれで遊んだほうがいいんじゃねえの?」

「でも遊ぶ時間ないしなあ」


 ゲームをする時間がないくらい忙しいというのは俺からしたら辛いこと以外の何物でもないんだが、どうやら彼女はそういう気持ちにはならないらしい。


「じゃあさ、あとでゲームしてるとこ見せてよ」

「見せても何も、お前の部屋なんだが……」

「いいからっ!」

「へいへい」


 こちらとしても最高の環境でゲームをさせてもらえるということなので、それくらいはお安い御用だ。


 そしてこれにより、彼女の中では一番の重要事項である俺のゲーム問題は解決されたらしかった。




「じゃあお腹が空いたし、そろそろお昼ごはん食べよっか」

「おい、待て」


 12時を回ってきたのでそろそろご飯にしようと思って携帯を取り出したところを、隼くんにぐっと掴まれる。


「え、なに?」

「当たり前のように宅配を取ろうとするな。お前女優だろ? もっと食生活に気を付けたほうがいいんじゃないのか?」

「あはは、まあそうは言われても、料理道具もなければ調理する具材もないもので……」

「ほんとに女子かよ」


 隼くんから手痛い一言をもらってしまう。

 うう、そこはわたしも気にしているところなのデス……。


「じゃあどうするのさ。このままだとわたしたち餓死するぞよ」

「餓死って、極端な……。まあ少なくともフルーツと野菜は摂った方がいいよな」

「わたしみかん好き‼」

「聞いてねえよ」


 そうして思案している隼くん。この子、なんかひねくれてるところはあるけど、いい子だよなー。わたしが居候する立場だったら、喜んで「すし‼」って叫んでるところなのに。


「よし、果物くらいはスーパーに買いにいくか。野菜も……本当は包丁とまな板くらいあればなんとかなるんだけど」

「面目次第もござらぬ」

「適当にコンビニに行くか」

「そうだね~」


 よーし、とりあえず昼ご飯は決まったらしい。


「あ、ちなみにお前はお留守番ね」

「え?」

「え? じゃないよ。当たり前だろ」


 んんん? なんでだ?


「お前、自分のこと有名人だって分かってるよな?」

「まあ、一応……」

「じゃあそういうことだから」


 そう言って彼は携帯電話と財布を片手に、テキパキと準備を済ませて立ち上がる。


 むっ、こいつ――速い⁉


 とか遊んでる場合じゃなくて。


「大事なこと忘れてた‼」

「なんだよ、でかい声だして……」

「連絡先! 交換してないぞ、少年‼」

「必要か、それ?」

「必要だよ当たり前だよ!」


 同居人の連絡先を知らないなんてことは、わたしの常識では考えられん。当たり前じゃ。


「ほら、こうしておけばいろいろと便利でしょ?」

「便利か? まあお前は全然役に立たなそうだけど、俺のことは好きに使ってくれ。居候の身だ、それくらいの方がかえって楽」

「おっけー」

「あ、あと、宅配で適当になんか軽めに頼んどいてくれ」

「らじゃー!」


 お、なんか家族っぽい。ふと、そんなことを思った。


 もちろん、この同居生活には時間制限があることを理解しながら。

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