第3話 女優は怖い

「ふざけるのもいい加減にしろ」


 俺はそう言われたとき、隠さずに言うととても怖かった。


 さっきまであんなに温厚で間抜けそうに話していた彼女と同じ人だとは思えなかったからだ。

 目はきりっと吊り上がって、声には凄みがある。とても高校生で太刀打ちできるようなモノじゃない。


「冬に外で一夜を過ごそうとしてた? 馬鹿じゃないの、死ぬからそんなの」


 彼女の理屈は至極真っ当なものだったし、それにその吐き捨てるような口調には有無を言わさない強さがあった。


 だがそれでも、俺にもひけない理由があった。


「それでも! それでも……あんたに迷惑をかけていい理由にはならないだろ……」

「フンッ」


 しかし俺のひねり出した声も、鼻で笑われた。


「バカね。これであなたが出ていって外で死なれてたら、そっちの方が迷惑よ」


 そう言って彼女は何でもないという顔で髪をばさりと後ろに流すと、それから急にずっと張り巡らせていた緊張を解いて頬を緩めた。

 そして、また最初の温かい声で言った。


「ほら、隼くんのこともっと話そうっ。家出した理由とか、なんでそんなに家に帰りたくないのとか。どうせわたしも明日は休みだからね」


 なるほど、女優というのはこういう風に、顔を変えて人に心を許させてしまうらしい。


 恐ろしい生き物だ、と俺は彼女と、そして女優という職業のことをそう認識した。




 それから隼くんは自分のことを隠さず話してくれた。


 ここから近くの進学校で有名な高校に通っているということ。

 親が厳しくてテストで一定の成績を収めなければ、好きなことをやらせてもらえないという環境にいるということ。


 そして、そのご両親が望むような成績を収め続けていた隼くんだったけど、ご両親はその成績に満足しなくて隼くんとの約束を破ってその好きなものを禁止にした。それが家出の理由だったらしい。


「あいつらはなんだってよかったんだよ。俺が好きに遊んでることが気に食わなくて、理由をつけてやめさせようとしてるんだ」


 あいつら、がご両親のことだということは分かったけど、それ以外のことはよく分からなかった。


「普通、子供が好きでやってることってやめさせなくない? むしろ思いっきりやらせてあげると思うんだけど」

「まあそれが例えば絵を描くこととか、ギターを鳴らすとか、本を読むとか将来に繋がることだったらそうだろうな」


 そう言った隼くんの表情や言葉はすごく切なげで、悲しそうだった。


「じゃあ隼くんが好きだっていうのは」

「そう、何の役にも立たない、ゲームだよ」

「ゲームかあ」


 なるほどなるほど、まあたしかにゲームをやり込んでいる子供がいたら、止めたくなっちゃう気持ちも分かるっちゃ分かるか~。


「でも、ちゃんと勉強もやってたんでしょ?」

「親から言われた順位は取ってた」

「ちなみにどれくらい?」

「10位以内」

「え、やば」


 ふらっと聞いた質問だったけど、とんでもない答えが返ってきた。


「え? そこって100番以内とか、半分以内とかが返ってくるやつじゃないの?」

「いや、10番以内」

「クラスで?」

「学年で」

「ほげー」


 もうわたしからしたらよく分からない次元だ。

 だって隼くんの行ってる高校ってわたしでも知ってるような頭のいい高校なのに、そんなところで頭の良さが10番以内って……。


「……って‼ もしかして、大学は東大とか行っちゃったりして⁉ それともお医者さん⁉」

「いや、そんな気はないけど……まあ適当な大学に行くよ」

「ほげー」


 ただどうやら隼くんはそういう成績の話をされたくないらしい。露骨に嫌そうな顔をしている。頭いいんだから、もっと自慢すればいいのに。


「それで、学業優秀なのにゲームばっかりしてる隼くんのことを、ご両親は良く思っていないわけだ」

「まあ、あんたからしたら幼稚な親子喧嘩かもしれないな」

「そう? わたしも隼くんと同じ立場だったら、怒って家出しちゃうと思うけど」

「え?」


 今度は隼くんが驚く番だった。


「だって、ちゃんと頑張って勉強して、それでも好きなことをやっちゃダメて言われるんでしょ? わたしだったら耐えられないなあ」

「いや、でも、ゲームだぞ?」


 何故か隼くんが親の立場になっている。


「そんなの関係ないよ。だって大人だってみんな仕事し終わってお金稼いだら、後は好き勝手遊んでるじゃん。友達とお酒飲んだり、旅行したり、買い物に行ったり、無駄なことにお金使うでしょ? 高校生だけダメっていうのは、おかしいと思うけどなあ~」


 わたしがそこまで言い切ると、隼くんはぽかんと口を開けていた。


「あれ、わたし変なこと言った?」

「……いや、まさかそんなことを言ってくれる大人がいると思わなかったから……正直嬉しいっていうか……」


 そういうことを言ってくれる大人は周りにいなかったんだろう。大人という生き物に対する不信感みたいなものが、隼くんからは感じられた。


 しかも、それはかなり根の深い問題なように、わたしは感じた。


 だからわたしは、出来る限り穏やかな声で言う。


「とにかく今日は寝て、明日どうするか決めよう。とりあえずご両親かそうじゃなくても家族の誰かに、友達に泊めてもらうって言っときな。それくらいはやっとかないと」

「……わかった」


 隼くんはそう言うと、携帯で電話をかけた。「あ、姉さん? うん、ああ、友達の家に泊めてもらうから。……わかったわかった、ごめん心配かけて」


 そんな彼の様子を見て、素直になったもんだなあとわたしも感心する。


「じゃあ隼くんはこのソファで寝てね。暖房のリモコンはここ置いておくから」

「うん。……ありがとう…………ございます」

「ふふっ」


 彼も普通の高校生なんだなあと、わたしはその時初めて思った気がする。


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