第2話 これがこの子の運命
家に帰ると夫に成り行きを説明した
反対はしなかったけど、父親は歩には厳しく育てると言った
甘やかしてもこの子の為にならない
目が見えなくても、他の子供と同じように出来るようにするのは
歩の人生を考えているから、父親として
男として立派に育てていきたいのが理由だった。
日本のピアニストの世界は外国とは違って
まずは楽譜通りに間違わず引く事
これは世界レベルと比べると個性が無い
楽譜通りに引く事が世界で活躍しているピアニストは居ない
これが一つの壁、しかし日本では
先ずは日本一にならないと世界に挑戦が出来なくなっている。
歩は盲目なので、そこでも普通のコンクールには出れない
ハンデがあった。
だけど、歩は本当にピアノが好きで、夢中になっていた
母親はそれでも良いと思ったが父親は勉強もしなさいと叱った。
歩は少し俯いたけど、反抗しないでちゃんと勉強もした
心から素直と何より、両親が好きだったからそれだけで嬉しいから
それから一年も経たずに、盲目の先生が母親に言った。
「私にはもう教えることがありません
もう私よりも上手になっています
そこで私よりも良い先生を紹介したいのですが、良いですか?」
一年で・・・・・・
先生もこの世界でも盲目のピアニストでは有名なのに
正直お世辞では決して無いとわかって、喜んでいたところで
家庭の事情もある
日本一のピアニストを目指すのは
東京大学を受かるくらいの費用がかかるのは
前に聞いていた
(日本では東京大学を目指すのに大体一千万くらいはかかる)
その事も先生は考慮してくれていた。
「正直、目が見えなくても私の他にもたくさんいますが
歩君は世界に連れて行って欲しいと思うくらいの逸材です
なので私の紹介で費用は同じ条件で
もう先方に言ってあります、どうですか?」
「ありがとうございます、何から何まで
この子もピアノが大好きなので本当に助かります」
「歩、もっとピアノがたくさん弾けるよ、良かったね」
歩は良く話す子では無いけど、感情が身体に出るので
嬉しいのがわかった。
家に帰ると夫に説明した
夫はこれからもっとピアノと勉強もちゃんとやりなさい
と厳しく歩に言った、だけど歩はちゃんと返事をして素直に頑張った。
新しい先生も歩のピアノに
一回聴いただけで、その通りに弾きこなした
家にピアノを買う事と置く場所もないので
毎日通うのは大変だったけど
歩の嬉しい気持ちが私の疲れを消してくれた
それから盲目のピアノコンクールに出る事になった
その時まだ七歳だった。
目が見えなくても、会場の広さと人の多さに歩は気づいている
耳が良いので反響でわかるみたいで
その事を嬉しそうだった。
順番が来た、私はピアノの所まで一緒に行った、歩はピアノを弾く前に必ず深くお辞儀をしてから
ピアノを触って鍵盤の位置を確かめてから
楽譜通りに引きこなした、一つのミスもなく
弾き終わると立ち上がって
ピアノに手を置いて最初と同じように深くお辞儀をした。
会場にいた全員が拍手喝采してくれた。
初めてのコンクールで初めての拍手を聞いて
歩が凄く嬉しいのと楽しいのが母親にはわかった。
『見事に器楽部門ピアノの部第一位受賞出来た』
これで次は堂々と目が見える人達と
同じコンクールに出る事になれる
私は自分の事のように喜んだ。
そういえば、前に歩から不思議な事を聞いたのを思い出した
音にも沢山意味があるって言っていたのを・・・
言葉以外にも私にはわからないけど声があるって言っていたのを。
家に帰ると夫が待っていた。
第一位受賞を伝えると、初めて歩に夫が言った。
「何か欲しいものでもあるか、歩?」
歩は少し考えてから言った。
「目が見れるならお父さんとお母さんの顔が見たい」
今まで厳しくしていた夫は声も出さずに
涙が出ていた、本当は厳しくしていたのは
大人になって両親がいなくなっても
立派になって欲しいからなのに
まだ子供なんだと心が苦しかった。
歩はその後
「無理な事言ってごめんなさい」
と言った、その言葉を聞いて父親は歩に謝った。
「目が見れるように出来なくてすまない」
歩はその言葉を聞いて笑っていた。
「最初から見えないから、全然気にしてないよ
お父さん、見てみたいなって思っただけだから」
声に出さなかったけど
こんなに優しく育ってくれて良かったと思った。
「まだまだ、これで終わりじゃないから勉強もちゃんとするんだぞ」
歩は頷いて喜んでいた、その素直で優しいだけで
もう充分立派になったと思った
子供の成長は早く、小学生になっていた。
心配するのはこれからだ
大きくなると色々な大人がこの子を見るたび
必ず目が見えない事に土足で言う人もいるだろうから。
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