第30話 わたし、誕生日が変わったよ。

 目が覚めて三日がたった。

 わたしは、瑞子みずこちゃんのお父さんに、ムネの傷をぬっていた糸をとってもらった。


 ハサミでパチンと切られると、ちょっとだけムネが「チクン」と痛かった。

 わたしは瑞子みずこちゃんとずっと病院で過ごした。病室にはテレビがなかったからヒマだった。携帯ゲームがあるからゲームもやってたけど、でもやっぱりヒマだった。


 だからね。わたしたちは占いをした。

 したいといったのは瑞子みずこちゃんだった。

 瑞子みずこちゃんは、自分が占った、相生そうじょうくん、風水ふうすいくん、凪斗くんの三枚の絵を見て首をひねっていた。そして、凪斗くんの絵を手にもつと、こう言った。

 

「この、凪斗なぎとくんの占いの絵なんだけど……わたし、描いた記憶がないんだよね。というかこれ、外れていない?」


瑞子みずこちゃんもそう感じる?」


「うん。多分この占いは、ネズミの鬼の気持ちが入りすぎている。ネズミの鬼の気持ちが強く出過ぎちゃっている。占いって、私情をはさむと当たんなくなっちゃうから……」


「へー……そうなんだ」


 わたしは、なんとなーくわかった感じの返事をした。


「あとね、未神みかちゃんを、占いなおす必要があるかな……って」


「え? どういうこと?」


未神みかちゃんはね、一度死んで生き返ったでしょ?

 だからね、誕生日もかわっちゃったと思うの。

 死にそうになって生き返った人って、少し性格が変わることがあるんだよ。

 あれって多分、一度死んで生まれかわっちゃったからだと思うんだよね」


「へー……そうなんだ」


 わたしは、なんとなーくわかった感じの返事をした。


「だからね、ちょっと未神みかちゃんの力を借りたいんだ。墨をすってくれないかな?」


 わたしは、ちょっと何言ってるかわかんなかった。だからね、思ったことをそのまましゃべった。


「え? どういうこと?」


「占いはね、当たる時もあるし外れる時もある。わたしの場合、だいたい三回に一回くらいは外れちゃう。

 でもね、未神みかちゃんに墨をすってもらったときは、絶対に当たるの。

 今までずっと「なんでだろう?」って不思議だったんだけど、たぶん、未神みかちゃんの神通力を墨の中に入れてもらっていたからなんだと思うの」


 わたしは、瑞子みずこちゃんの言ってることが、ちゃんとわかった。だって相生そうじょうくんもおんなじことを言っていたから。ナイトのあやつる三種の神器は、わたしの神通力で動くって。

 わたしは、瑞子みずこちゃんの言ってることがちゃんとわかったけど、いまだにちょっと信じられなかったから、


「へー……そうなんだ」


って、なんとなーくわかった感じの返事をした。


 ・

 ・

 ・


 シュッシュッシュ。


 わたしは、スライドする机をベッドまでもってきて、船の形をした墨をすっている。

 瑞子みずこちゃんは、ベットに座ってスライドする机にキーボード付きのタブレットを置いて、ずっとパソコンの画面とにらめっこしていた。


 キーボードをカチャカチャと叩いて、タブレットに映った八つの漢字を見ながら、口に手をあててずっと首をかしげている。

 首をかしげるたびに、灰色の耳が、出たり引っ込んだりしている。口を手にあてているからよくわかんないけど、多分、三本のヒゲも出たりひっこんだりしてるんじゃないかな?


「準備できたよ」


 わたしは、墨をコトンと置きながら瑞子みずこちゃんに言った。


 瑞子みずこちゃんは、タブレットとずっとにらめっこしたままだったから、お習字セットを瑞子みずこちゃんのベッドの上の机にセットして、墨をすりおわったすずりも、しんちょうに瑞子みずこちゃんの机にはこんだ。


 瑞子みずこちゃんは、タブレットを両手に持ってずっと首をひねっている。

 もう、灰色の耳もヒゲも「ピョコン」とでっぱなしになっている。

(考え事に夢中になると出るのかな?)


「うーん、わかんない……多分、生まれた日がコレで、生まれた時間は、コレかコレ……なんだけど、この時間だと、日付もかわっちゃうし…………………………………………………………あれ? 

 いつのまにか準備ができてる!? 未神みかちゃんありがとう!!」


 瑞子みずこちゃんは、わたしが目の前でお習字セットを準備していたのに、全く気がついていない感じだった。へんなの。でも、それくらいすっごく集中していたってことかな?


「うーん……とりあえず描いてみようかな……」


 瑞子みずこちゃんは、首をかしげながら、ちっちゃな筆を手にとって、すずりに入った墨にひたした。


 するとね……瑞子みずこちゃんの灰色の耳と、ヒゲが「ピーン」ってなった。ついでに、剣みたいな細くて長い灰色のシッポも「ピーン」ってなった。

(シッポもネズミの鬼とまざっていたんだ……)


「チュウチュウ! これだ! まちがいない!!」


 瑞子みずこちゃんは迷うことなく、本当にぜんぜん迷う事なく半紙の上に絵を描いた。


 広い広い草原に、おっきな木が一本だけ生えている。でもって、そこにサラサラとちっちゃな小川がながれている。


 わたしが目覚める前に見た夢とおんなじ景色だった。


 瑞子ちゃんは絵を描きおえると筆をコトンと置いて、その絵をみながらしゃべりはじめた。


未神みかちゃんは、今までは、この小川が主役だった。のんびりやの天然でマイペース。だけど、ついついまわりにながされちゃうタイプ。

 本当に大事なときに、本当に大事なことが言えないタイプ。


 でもね、生まれ変わって主役がおっきな木になった。今の未神みかちゃんは、空気をよまずに思ったことをハッキリと言えるタイプ。でもね、これがすっごく大事。だって、ネズミの鬼は、そんな未神みかちゃんに助けられたって言ってるよ。


『メェー』


って言ってくれたから、助けられたって言ってる。「ありがとう」って言ってる。


 ネズミの鬼だけじゃない。ウシの鬼も、トラの鬼も、ドラゴンの鬼も、ヒツジの鬼も、イヌの鬼も、イノシシの鬼も、未神みかちゃんが、


『メェー』


って、アドバイスをしてくれたから、今はとっても幸せだよって言っている。

 未神みかちゃんはね、本当に本当にスッゴイ神様なんだと思う」


 わたしは、瑞子みずこちゃんがちょっと何言ってるかわからなかった。だってわたし、『メェー』しか言ってないもん。

 でもね、わたしは嬉しかった。瑞子みずこちゃんとまざっちゃった、ネズミの鬼を助けることができたんだってうれしかった。他の鬼たちも幸せになってるってわかってうれしかった。


 瑞子みずこちゃんは、またちっちゃな筆をもった。


「ここまでが、未神みかちゃんの占い。で、凪斗なぎとくんとの相性がこれ!」


 瑞子みずこちゃんは迷うことなく、本当にぜんぜん迷う事なく絵を描きくわえた。


 一本だけ生えている木の上に、おっきなネコが眠っている。背中にキラキラした宝石がフワフワと浮かんでいるネコが、幸せそうに眠っている。


凪斗なぎとくんは、おっきなニャンコ。いつもは未神みかちゃんの木の上でスヤスヤと眠っている。ずーっと眠っている。

 でもね、凪斗なぎとくんは未神みかちゃんのナイト。一番のナイト。最強のナイト。だからね、未神みかちゃんを護るのが生きがい」


「えっと……つまり?」


「相性はバッチリ! 最高の中の最高だよ!」


 瑞子みずこちゃんはどびっきりカワイイ笑顔で答えた。


 ……そうなんだ。わたし、凪斗なぎとくんと相性バッチリなんだ。

 ……そうなんだ…………よかった。


 あ、でも、風水ふうすいくんと、相生そうじょうくんとも相性バッチリなんだよね。あ、でもわたし誕生日がかわっちゃったから、相性を占いなおしてもらう必要があるのかな?

 うーん、結局、わたしの運命の人って、三人のなかのだれなんだろう……?


 わたしが頭をグルグルさせていると、瑞子みずこちゃんは、口に手を当ててずっと考え事をしていた。

 目線の先には、風水ふうすいくんの絵と、相生そうじょうくんの絵があった。


 瑞子みずこちゃんは、口から「しゅるん」と手を外すと、ふたりの絵を、


 トン♪ トン♪ トン♪ トン♪

 トン♪ トン♪ トン♪ トン♪

 トン?


って、リズミカルに交互に指をさして、灰色の耳とヒゲを「ぴょこん」と出した。

何をやっているのかな?


「……瑞子みずこちゃん?」


「……え? な、なに!?」


 瑞子みずこちゃんは、顔を真っ赤にして、あわてて灰色の耳とヒゲを「シュイン」とかくした。


 え? どういうこと??


 わたしが頭をぐるぐるさせようとしていると、背中の方からお父さんの声がした。


「ミコ! 瑞子みずこちゃん、飲み物買ってきたよ!!

 もう、なにを飲んでもいいみたいだから、自動販売機にあったやつを全部買って来た!!」


 って、ヨロヨロしながら病室に入って来た。


「ありがとう。これにする!!」


 わたしは、迷うことなく黄色い缶の、あまっあまっのミルクコーヒーを取った。


瑞子みずこちゃんもどうぞ」


 お父さんは、ヨタヨタしながら瑞子ちゃんのベッドに向かった。


 瑞子みずこちゃんは、口に手を当ててちょっとだけ考えると、


 「ど♪ ち♪ ら♪ に♪

  し♪ よ♪ う♪ か♪

  な?」


って歌いながら、ブラックコーヒーと、こいめのちょっと苦いお茶を交互にさしていた。でもね。


「とりあえず、どっちもキープ!! えへ♪」


って、かわいくしたを「ぺろりん」って出しながら、ブラックコーヒーと、こいめのちょっと苦いお茶を、どっちも取った。


 わたしは、そんな瑞子みずこちゃんを見ながら、思ったことを言った。


瑞子みずこちゃんって、ケッコウよくばり?」


 瑞子みずこちゃんは顔を真っ赤にしながら、口と頭をおさえた。

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