第29話 わたし、また目が覚めたよ。

 わたしは眠かった。


 眠くて眠くてしかたがないけど、それ以上にノドがかわいてしかたがなかった。


 目が覚めると、お父さんがいた。


「ミコ!」


 お父さんは泣いていた。


「いきててよかった ! よーかったーー!」


 泣いているお父さんに、わたしはどんな返事をすればいいのかわからなかった。だからね、思ったことを言った。


「ノド……かわいちゃった……」


「わかった!! 瑞子みずこ先生に聞いてみる! 何を飲めばいいか聞いてくる!」


 お父さんは、大急ぎで病室の外に出ていった。


 瑞子みずこ先生?

 そっか……ここ、瑞子みずこちゃんのお父さんの病院なんだ。


 瑞子みずこちゃんのお父さんは、おっきな病院の院長さんだ。

 わたしは自分の手を見た。透けていなかった。代わりに点滴のくだがささっていた。

 点滴のくだの先をたどっていくと、透明な容器から、しずくが「ポタンポタン」と落ちていた。


未神みかちゃん……目が覚めたんだね」


 瑞子みずこちゃんの声だ。わたしが振り向くと、瑞子みずこちゃんがいた。笑っていた。

 瑞子みずこちゃんの手にも、点滴がさされてあった。わたしとおんなじ透明な容器から、しずくが「ポタンポタン」と落ちていた。


瑞子みずこちゃん!? 大丈夫だったの??」


「うん……ちょっと……記憶がとびとびのところがあるけど平気だよ?」


 瑞子みずこちゃんは「くすっ」て笑って答えた。


 そっか……犬飼いぬかいさんたちといっしょだ、ネズミの鬼だった記憶がなくなってるんだ……でも、たしかネズミの鬼は、


『瑞子ちゃんなんていない』


って言ってたのに……どうして?


 わたしが頭をぐるぐるさせていると、瑞子みずこちゃんはニヤニヤと笑った。そしてね、


「チュウチュウ! おマヌケ神様どっこかなー? えへ♪」


と、わざとらしい演技を「ぺろりん」ってしたを出した。三本のヒゲと灰色の耳が「ぴょこん」と生えていた。


「え? どういうこと??」


 瑞子ちゃんは、自分のヒゲをつつきながら言った。


「なんだか、まざっちゃったみたい。えへへ♪」


 頭がぐるぐるする。本当に、どういうこと??


「わたし、お母さんが妊娠した直後からネズミの鬼にのっとられたでしょ?

 だからね、完全にわかれることができなくて、まざっちゃったんだと思う。

 わたしとネズミの鬼の半分は、未神みかちゃんにおはらいされて、天国にいって……残りの半分はここに取りのこされちゃったみたい。えへへへ♪」


 頭がぐるぐるする。本当に本当に、どういうこと??


「ネズミの鬼は、ありがとうって言ってるよ。

 未神みかちゃんのおかげで、干支えとの鬼たちとなかなおりができたって。

 本当に、ありがとうって言っているよ。

 あと、まだ地獄に取り残されているウサギの鬼と、ヘビの鬼と、ウマの鬼と、サルの鬼と、それからトリの鬼。

 この五匹がミコちゃんをおそってくるはずだから、やっつけて天国に来るように教えてあげて……だってさ。えへ♪ えへへ♪」


 頭がぐるぐるする。本当にぐるぐるする。本当に本当に、どういうこと??


「ようするに結果オーライ! ってこと! えへ♪」


 瑞子みずこちゃんは、わざとらしく手で輪っかをつくると「ぺろりん」って舌をだした。

 ウソをついていない。本当に本当に本当のことを言っている。そう思えた。


「ミコ! 飲み物を買ってきたよ!!」


 お父さんの声がした。同時に、病院のスライドするドアが静かに開いた。

 瑞子みずこちゃんは、あわててヒゲと耳をしまった。

 お父さんの手には、両手いっぱいの飲み物があった。


瑞子みずこ先生に聞いたら、体に負担がかからない飲み物なら、なんでもいいって。だからとりあえず片っぱしから買ってきたよ。どれがいい?」


「じゃ、これにする」


 わたしは、お父さんが持っているペットボトルや缶の山から、スポーツドリンクのペットボトルをえらんだ。

 有名なスポーツドリンクの、ちょっと味がうすいやつ。

 味がうすいから、パッケージもうすい水色。


 お父さんは、瑞子ちゃんのベッドの方に歩いていった。


瑞子みずこちゃんも、なにか飲む?」


「ありがとうございます。じゃあ、これ、いただきます」


 瑞子ちゃんは、お茶をえらんだ。

 有名なお茶のペットボトルの、ちょっと味がこくて苦いやつ。

 味がこいから、パッケージもこい緑色。


 わたしたちは、お父さんからもらったペットボトルのフタを「パキリン」と開けて、ごくごくと飲んだ。

 夢の中でヒツジの鬼になっていた時に比べると、ずっとかんたんに飲むことができて、人間って便利だなって思いながら、ちょっとうすいスポーツドリンクをゴクゴクとのんだ。


「元気そうでなりよりだね」


 言ったのは、白衣を着た瑞子みずこちゃんのお父さんだ。首から聴診器をかけている。


「元気そうだけど、君は一週間も寝たきりだったんだ。診察をさせてもらうよ」


 そう言って、わたしの前に座った。

 わたしは、いつの間にか着ていたパジャマをめくった。


 わたしの胸にはちっぽけなキズがあった。白い糸で縫われてあった。ちょうどヒツジの鬼がとりついた場所だった。


「うん、とくに異常はないよ。二、三日様子を見てから抜糸して、そのあともう二、三日してから退院してもいいんじゃないかな?」


 わたしは、まくったパジャマをおろしながら、


「ありがとうございます」


って言った。


 瑞子みずこちゃんのお父さんだけに言ったんじゃない。


 わたしのお父さんと、凪斗なぎとくんと、風水ふうすいくんと、相生そうじょうくんと、そして、相生そうじょうくんのそばでいつもフワフワしていた、わたしの心臓になってくれた蛍光カラーのイルカ。

 わたしのことを助けてくれたみんなに「ありがとうございます」って言った。


 そして、瑞子みずこちゃんの方を向いて、


「わたしガンバるね!」


って笑顔で言った。


 瑞子みずこちゃんだけに言ったんじゃない。


 瑞子みずこちゃんにまざったネズミの鬼。そして、地獄に残されている、ウサギの鬼と、ヘビの鬼と、ウマの鬼と、サルの鬼と、それからトリの鬼に「たすけるからね」って、強く強く決心してから言った。


「よろしくね……本当によろしくね♪ えへ♪」


 瑞子ちゃんは、笑顔で答えた。くちと頭をおさえながら、三本のヒゲと灰色の耳が「ぴょこん」と出るのをおさえながら、すっごくカワイイ笑顔で、でも泣きながら返事をした。

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