第27話 わたし、なんにも聞こえないよ。

『OK!

 八尺瓊勾玉やさかにのまがたま。通称オルカ。

 ミコ様の心臓と同化。処理を実行します』


 テレビに映った、フワフワと浮いている蛍光カラーのイルカの体のさきっぽにからまっていた糸が、しゅるしゅるとイルカ全体をまきついていった。


 糸におおわれると、糸全体が、ぼぅっとあおみどり色に光った。

 そして、


 ドックン、ドックン。


 糸につつまれたイルカから、まるで心臓みたいな音がした。

 そして音に合わせて、ふくらんだり、ちぢんだりしている。


 そして糸は、あおみどり色から赤色にかわっていった。

 血だ。あれは、わたしの血だ。心臓になったあおみどり色のイルカが、わたしの血を、体中に送っているんだ。


『ミコ様の心臓のコピーに成功しました。

 これから人工心臓……つまり私を、ミコ様の心臓と同化します』


 赤い血の色の糸に包まれた蛍光カラーのイルカは、「ドックン、ドックン」とちぢんんだり膨らんだりしながら、しずしずとわたしの胸まで移動した。

 そして、


 ズリュん!


 と、一気にわたしの体の中に入っていった。からまっていた糸も、シュルシュルと一気にわたしの体の中に入っていった。


 わたしの体は、いっしゅんあおみどり色の蛍光カラーに光った。そして、


 ドックン、ドックン。


 と、心臓のような音をならした。


 ドックン、ドックン。

 ドックン、ドックン、ドックン。

 ドックン、ドックン、ドックン、ドックン。

 ドックン、ドックン、ドックン、ドックン、ドックン。


 テレビの中から、ずっと心臓の音だけが聞こえてくる。


 相生そうじょうくんが、風水ふうすいくんのフワッフワのワンピースにしがみつきなららさけんだ。


「Hey! オルカ!」

『……………………』


「……ミコ様の容体は?」

『……………………』


 蛍光カラーのイルカは、返事をしなかった。


「そうか……オルカは、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまとしての機能は失ったんだ。もう完全にミコ様の心臓になったんだ」


ドックン、ドックン。

「………………」


ドックン、ドックン、ドックン。

「………………」


ドックン、ドックン、ドックン、ドックン。

「………………」


ドックン、ドックン、ドックン、ドックン、ドックン。

「………………」



 リビングは静かだった、お父さんはテレビのなかで、わたしの体をずっと見ている。

 相生そうじょうくんと風水ふうすいくんも、テレビにうつった私の体をずっと見ている。


 そして瑞子みずこちゃんは、ずっとリビングで気を失っていた。

 そしてそして、凪斗なぎとくんは、


「ミコ! くな!」


ずっとわたしの手をつかんで、わたしがフワフワと浮かんで行かないように引っ張り続けてくれていた。でもね。


「うわぁ!!」


 凪斗なぎとくんが叫んだ。凪斗なぎとくんにつかんでもらっていた手が、いきなり「スカっ」て空を切った。


 凪斗なぎとくんと、風水ふうすいくんと、相生そうじょうくんが、まとめてリビングの床におっこちた。


「ちょっと、凪斗なぎと! なんでミコちゃんの手を離すの!?」


 風水ふうすいくんが、凪斗なぎとくんに聞いた。

 凪斗なぎとくんは、フワフワとうかんでいるわたしを見ながら言った。


「透けているんだ。ミコがどんどん透けていく……もう……つかむのは無理だ」


 え? どう……いうこと……?


 わたしは、わたしの手を見た。スケスケだった。スケスケのわたしの手のひらのむこうから、凪斗なぎとくんがじっとわたしを見ている。泣いていた。


「そんな! オルカが失敗したってこと? オルカが失敗することなんであるの?

 まちがえることってあるの? ねえ、相生そうじょう!!」


 風水ふうすいくんは、叫びながら相生そうじょうくんに聞いた。泣いていた。


「……オルカが言ってた蘇生確率は、約六八パーセント。それって、三回に一回は失敗するってことなんだ……だから……失敗しても……おかしくはない……」


 相生そうじょうくんは、風水ふうすいくんの質問に答えた。泣いていた。

 それを聞いた風水くんが叫んだ。でもね、


「………………………………………………!」


 わたしにはなんにも聞こえなかった。

 相生そうじょうくんが、風水ふうすいくんに返事をした。ちょっとイライラしているかんじだった。でもね、


「………………………………………………!」


 やっぱり、わたしにはなんにも聞こえなかった。

 凪斗なぎとくんが上を向いて、わたしにさけんだ。でもね、


「………………………………………………!


 やっぱり……やっぱり、わたしにはなんにも聞こえなかった。


 わたしは目の前がどんどん暗くなっていった。

 そして、なんだか体が重くなるのを感じた。


 やっぱりわたし、このまま死んじゃうのかな?


 わたしは真っ暗のなか、体が真っ逆さまに落っこちるのを感じながら、完全に気をうしなった。

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