第26話 わたし、涙が出てこないよ。

 お父さんが、心臓のとまったわたしの体を治療しているのをテレビで見ながら、ユウレイになったわたしの体は……少しずつ少しずつ、上へ上へとフワフワと浮かんでいった。


 わたしの手をつかんで、ひっしになって引っ張っている凪斗なぎとくんも、わたしといっしょにフワフワと浮かんでいる。


「ミコ! くな! くんじゃない!」


「凪斗くんは、天井に両足をかけて思いっきりふんばった」


 わたしは、少しだけ、ほんの少しだけだけど下へとひっぱられた。


「ミコちゃん! かないで!」


 風水ふうすいくんは、リビングのソファに飛びのると、おもいっきりジャンプして、凪斗なぎとくんのウデにしがみついた。


「ミコちゃん! 頼むからかないで!」


 風水ふうすいくんは上を見た。わたしは、風水ふうすいくんと目があった。風水ふうすいくんは泣いていた。


「ボク、ミコちゃんの影武者だよ! ミコちゃんのこと、もっともっと知りたいよ!

 ミコちゃんと、もっともっとお話ししたいよ! ダンスのこととか、オシャレのこととか……もっともっとお話ししたいよ! ボク、ミコちゃんのこと好きだもん! だから、もっともっと知りたいんだ! だからミコちゃん! かないで!」


 わたしは、泣いている風水ふうすいくんを見て、泣きたくなった。でも、涙がでてこない。


 今度は、相生そうじょうくんがリビングのソファに飛びのると、おもいっきりジャンプして、風水ふうすいくんの、水色のふわっふわのワンピースにしがみついた。相生そうじょうくんは泣いていた。


「ミコ様、申し訳ありません。僕がふがいないばっかりに、僕が油断したばっかりに……僕がネズミの鬼の正体を気づけなかったばっかりに、本当に申し訳ありません。申し訳ありません!

 ミコ様、どうか……どうか……かないでください! 僕はミコ様をお護りしたい! ナイトとして……いや、もうそんなのどうでもいい! あなたといっしょにいたい!」


 わたしは、泣いている相生そうじょうくんを見て、泣きたくなった。でも、涙がでてこない。


 天井に足をかけて思いっきりふんばっている凪斗なぎとくんが、わたしの目を見て言った。凪斗なぎとくんは泣いていた。


「ミコ! お前はバカか!! なんでっちゃうんだ、俺はお前を護るんだ!

 おまえは神様だぞ! 俺は神様を護るナイトなんだぞ! 絶対にお前を護るんだぞ!

 死んでどうする! 神様が死んでどうする! ナイトより先に死んでどうする!! そんなバカげたことあるか!!

 バカ! バカミコ! くんじゃない! 死ぬんじゃない!!」


 わたしは、泣いている凪斗なぎとくんを見て、泣きたくなった。でも、涙がでてこない。どうして? ユウレイは泣くこともできないの? 死んだら、泣くこともできないの?


 わたしのからだは、ナイトの三人にひっぱられながら……でも、少しずつフワフワと上にあがっていった。


 ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……。


 テレビの中から、機械的なリズムの電子音が聞こえてくる。


「反応は?」


 お父さんが蛍光カラーのイルカに聞いた。


『生体反応ありません。

 心臓マッサージを続けますか?』


「……ああ」


未神楽みかぐら先生……お言葉ですが、このまま心臓マッサージをつづけても、ミコ様が生き返る確率は約〇.八パーセントです。それでも心臓マッサージを続けますか?』


「…………………………」


 お父さんは、言葉をうしなっていた。顔は真っ青だ。

 わたしのからだが、フワッと上昇した。

 風水ふうすいくんが悲鳴をあげた。


「えぇ!? そんな、ウソでしょ……!」


 わたしのからだが、フワッと上昇した。

 凪斗なぎとくんがわたしの目をみて怒鳴った。


くな! 神様のくせに、なんで死ぬんだ! バカ! バカミコ!!」


 わたしのからだが、フワッと上昇した。

 相生そうじょうくんがさけんだ。


「……Hey! オルカ!」


 テレビから、蛍光カラーのイルカの声が聞こえてくる。

『なんでしょう? 相生そうじょう?』


「その確率は本当か?

 心臓マッサージでの蘇生確率は、本当の本当か?」


『本当の本当です。

 心臓マッサージでミコ様が蘇生する確率は約〇.八パーセントです』


「それは、心臓マッサージでだよな?

 ひょっとして、があるんじゃないのか!?」


『はい。あります』


「その方法で、ミコ様が生き返る確率は!?」


『六八.二六八九四九二パーセントです』


「じゃあ、を実行! 大急ぎで!!」


『OK!

 八尺瓊勾玉やさかにのまがたま。通称オルカ。

 ミコ様の心臓と同化。処理を実行します』

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