第17話 黒ネコはネズミを目のカタキにするよ。

 風水ふうすいくんの鏡の中から出てきたお父さんは、しょんぼりと風水ふうすいくんを見た。


 風水ふうすいくんは、「ビクッ!」と体をふるわせると、思いっきり勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさい!! ボク、ちょうしに乗りすぎました!」


 するとね、こまち先生が大きな声で言った。こまち先生の声が、広い広い大草原にひびきわたった。


「(未神楽先生、なにショゲてますの……すの……すの……?

 めっちゃじゃないですか……すか……!)」


「おいしい?」


 お父さんが、驚いた顔をすると、こまち先生はつづけた。


「(昨年の陰陽師おんみょうじ学会の忘年会ぼうねんかいでめっちゃスベッとった、はら踊りなんかより、百倍ええです……です……!

 風水ふうすいくんにコツを教わって持ちネタにしたらどうです……です……です……?」


 はら踊り?? 聞いてないよ。そしてめっちゃスベったんだ。どおりで帰ってきた後、元気がなかったはずだ。今よりも、もっと元気がなかった。この世の終わりみたいな顔してたもん。


「ホントにそう思う?」


 お父さんは、まんざらでもないって顔をしながら、ちょっと照れながらこまち先生に聞いた。


「(はい……はい……はい! 

 今からしっかり練習すれば、未神楽みかぐら先生は、今月末の新年会しんねんかいのヒーローになれます……ます……ます!)」


「本当かい!? よっし、それじゃあ早速練習しないと! 風水ふうすいくん、ビシバシ指導を頼むよ!」


 お父さんは、とってもさわやかな笑顔で、風水くんの肩を「ポンっ」てたたいた。

 風水ふうすいくんは、キョトンとしていた。

 でもね、にじんだ涙をフリッフリのカワイイ袖でゴシゴシふくと、とびきりカワイイ笑顔でいった。


「わかった! とびきりカワイくしごいてあげる!」


 わたしは思った。楽しいって、すっごくむずかしいって思った。


 さっきは、すっごく楽しかった中、お父さんだけしょんぼりしていた。風水ふうすいくんなんて責任をかんじて泣いちゃった。

 でもね。こまち先生がって言ったら、みんなが元気出た。みんなが楽しくなった。


 ……楽しいって、すっごくむずかしい。自分が楽しくても、それで傷ついているひとがいたらダメなんだよ。それはイジメって言うんだよ。

 たぶん楽しいは、みんなが楽しくないとダメなんだ。本当にすっごくむずかしい。


 神様の世界の与党と野党くらいむずかしいんじゃないのかな?


 そして、楽しいと神様と与党と野党で頭をぐるぐるしてたら、また忘れそうになってしまっていたことを思い出したから言った。


「そういえば、凪斗なぎとくんはどうするの?」


「あ、わすれてたよ!!」


 風水ふうすいくんがあわてて返事をすると、胸から下げたあおみどり色の鏡の中に、おもむろに手を突っ込んだ。


 そして、耳のついた灰色のカチューシャと、カワイイ水色のポーチをとりだすと、カチューシャを頭につけて、ポーチからアイシャドウペンシルをとりだして、あおみどり色の鏡を見ながら、目元じゃなくってポッペタに、左右三本ずつのヒゲを描いた。


 でもって、アイシャドウペンシルを水色のポーチにしまって鏡の中にもどすと、今度はおはらい棒をとりだした。


 そしてね、


かがみ・ニコラ・風水ふうすい! チュウチュウモード!!」


って、アイドルみたいにかわいくポーズをとった。でも、目はすっごくしんけんだ。こんなしんけんな風水ふうすいくんを見るのは初めてかも。


 え? どういうこと??

 

 相生そうじょうくんが、かっこよくメガネを「スチャ」っとかまえて言った。


風水ふうすいがネズミの演技をして、凪斗なぎとを挑発するんです。

 そして、あのマタタビの木で出来たおはらい棒に凪斗なぎとが夢中になっている間に封印します。

 一歩間違えれば、さきほどのヒツジの鬼のように凪斗なぎとにかみ殺されてしまいます」


 相生そうじょうくんは、じんわりと冷や汗をかいていた。

 え? なにそれ? ひょっとして、めちゃくちゃ大変なんじゃ……。


 風水ふうすいくんは、胸に手をあてて、おおきく深呼吸をした。


「パパ……ママ……そして我らがご先祖アメノウズメ様……ボクに! 力を!!」


 風水くんは、力をぬいて頭をぐったりと下げた。そしておおきく深呼吸をして、いきおいよく顔をあげた。そしたらね。


「チュウチュウ! やーい! お間抜けネコがだまされた! 干支えとのレースの日をまちがえた、マヌケなニャンコはどっこかなー?」


 って、いきなりお芝居をはじめた。風水ふうすいくんは、大きな身振り手振りで、ネズミの役を演じている。


「あれー? ひょっとしたら、あそこに寝ているニャンコかなぁ? にゃんこがスヤスヤ眠ってる? いじけてふて寝しちゃってる?? おっもしろーい!!」


 するとね、おっきな木の上でスヤスヤ眠っている凪斗なぎとくんが、耳をピクンとさせて、あくびをしながら目覚めた。風水ふうすいくんは、演技をつづけた。


「やっぱりそうだ! レースの日をまちがえたマヌケな黒ネコだ! やーい! おマヌケニャンコ! こっこまでおいでー♪」


 凪斗なぎとくんは、風水ふうすいくんを見ると、背中を高くして毛を思いっきり逆立てた。ネコが怒ってるときと同じだ。


「そんなところで怒ってないで、こっちにおいでよー! もっとからかってあげるから!! どうせ捕まらないけどね! あっかんべー!!」


 風水ふうすいくんは、凪斗なぎとくんをわざとらしく挑発すると、右目を人差し指にあてて、カワイらしく「ぺろりん」ってしたをだした。


「フギャーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 怒りがピークに達した凪斗なぎとくんは、猛スピードで、風水ふうすいくんに襲いかかってきた。おおきな口を開けて、風水ふうすいくんをかみ殺そうとしている!


「ほい!」


 風水ふうすいくんは、凪斗なぎとくんをギリッギリまでひきつけると、ひょいっと背中をそらして、またたびの木でできたおはらい棒を真上になげた。


「うにゃん♪」


 凪斗なぎとくんは、おはらい棒にとびつくと、それを前足でつかんで、横になった。そして、ゴロゴロとのどを鳴らしながら、もっふもふの草原の上をゴロゴロ転がり回っている。


 風水ふうすいくんは、肩で大きな息をして、汗をびっしょりかいていた。そして「ふー」と大きな息をはいて、フリッフリのカワイイレースのついた袖で汗をぬぐうと、


「最後の仕上げだよ!!」


と言って、スタスタと凪斗なぎとくんの後ろに回った。


 風水ふうすいくんはなんだか複雑に手を動かしてカッコいいポーズを取ると、難しそうな言葉をブツブツつぶやいた。


天干てんかんひのと地支ちしひつじ、これすなわ干支風水えとふうすい

 てんは、お天道てんと天鈿女命あめのうずめ! これすなわち……」


 風水ふうすいくんは、黒ネコになった凪斗くんの背中に両手をつけて大声でさけんだ!


天河水てんがすい!! 火車かしゃ封印!!!」


 黒ネコになった凪斗くんは、たちどころに水にくるまれた。そして水は、ゆっくりと人の形になった。もとの人間の凪斗なぎとくんの形になった。生まれたままの姿の凪斗なぎとくんの形になった。


 火車かしゃを封印された凪斗なぎとくんは、ゆっくりと目を開けた。そして、保健室のプロジェクターごしに見ていたわたしと目があった。


 わたしは、生まれたままの姿の凪斗なぎとくんと目があったのがはずかしくて、思わず目をそらした。

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