第13話 ガラスのビンは一本二千円だよ。

 わたしと、こまち先生、あとついでにお父さんは、階段を降りて一階の保健室に行った。


 ガラリ。


 保健室には、保険の先生の己之上みのうえ先生がいた。


「あれ? こまち先生? どうしたんで……」

柘榴木ざくろぼく!」


 こまち先生は、いきなり己之上みのうえ先生に納音術なっちんじゅつをかけた。

 己之上みのうえ先生の頭の上に「ぽんっ!」って真っ赤な花が咲いた。


木行もくぎょう誘眠ゆうみん!(ひそひそ) おやすみ八卦はっけ!(ひそひそ) かんにんや!(ひそひそ)」


 こまち先生は、たおれる己之上みのうえ先生をだきかかえながら、呪文みたいな、必殺技みたいな言葉をひそひそとさけぶと、お父さんにてつだってもらって、己之上みのうえ先生を、保健室のベットの上にねかせた。


 わたしは、保健室の椅子に座って服をぬいだ。上半身ハダカになると、なんだか気まずそうにしているお父さんと目があった。


 お父さんは、すぐに目をはなすと、


「さ、さあ、お父さんは準備をしなきゃ!」


って、回れ右をして、狩衣かりぎむのそでから、ゴソゴソとカシューナッツみたいな、あおみどり色の宝石をとりだした。

 相生そうじょうくんが持っているヤツよりも小さい。すっっごく小さい。本物のカシューナッツの大きさくらい。


 お父さんは、小さいカシューナッツみたいな宝石をかかげると、


「Hey! ミニオルカ!」


ってさけんだ。


 イルカとよばれた宝石ほうせきは、「ぼうっ」と光った。そして、ふわりとうかぶと、光はみるみるとイルカみたいな形になって、蛍光カラーでががやいた。


『ナンデスカ? ミカグラ センセイ』


「仮想ステージの様子を映して』


『OK!』


 そう言うと、蛍光カラーにかがやくミニイルカは、保健室のカベにむかって光をはなった。

 保健室のカベは、まるでプロジェクターみたいに「ぼぅ」っと、広い広い草原を映した。

 広い広い草原に、おっきな木が一本だけ生えている。


「こちら未神楽みかぐら。準備がととのいました」


 そう言うと、プロジェクターから声がした。


「おつかれさまです。未神楽みかぐら先生」


 返事をしたのは、相生そうじょうくんだ。プロジェクターに、相生そうじょうくんの姿がうつった。


「ミコ様から鬼をひっぺがしたら、すばやく桑柘木そうしゃぼくでつかまえてこちらの仮想フィールドに……ってうわああぁあ!」


 相生そうじょうくんは、わたしと目が会うと、すっごくビックリして、急いで回れ右をした。

 なんで? あ……わたし、上半身ハダカだった。


「みみみみみみ、見てないですから! なーんも見てないですから!!!」


 あせっている。ものすごーく、あせっている。ハダカを見られちゃった、わたしよりもはずかしがっている。いつもクールな相生そうじょうくんがめずらしい。


「そそそそっそそそ、それじゃあ、こまち先生!

 コチラはいつでも準備OKですから、よろしくお願いします」


 そう言って、相生そうじょうくんは、いちもくさんに画面から消えた。


「うふふっ、了解や!」


 こまち先生は、クスクス笑いながら、カーディガンのポケットから、青色のちっちゃなガラスのビンをとりだした。


「あ、それって、さっき凪斗なぎとくんもつかっていた……」


「そう、お酢や!」


「え? これ、お酢なの?」


「そう、お酢や! でもただのお酢やない。全六十工程こうていのめっちゃ複雑なレシピが必要な、対、土行どぎょうの鬼専用のおはらいグッズや」


「そうなんだ。鬼ってお酢でおはらいできるの?」


「効果があるんは、酸っぱいんがニガテな土行どぎょうの鬼だけや。

 鬼には、五種類の属性があって、それぞれ弱点がちがう」


 そういうと、こまち先生は指をおりはじめた。


「酸っぱいんが苦手な鬼には、お酢。

 苦いんが苦手な鬼には、青汁あおじる

 甘いんが苦手な鬼には、メープルシロップ。

 辛いんが苦手な鬼には、とうがらしエキス。

 そして、しょっぱいんが苦手な鬼には、瀬戸内海の塩」


 こまち先生は、五本の指をおりまげると、最後はピースサインをした。


「どれでも一本二千円! 五本セットならお買いどくな八千八百円や!

 新宿にある雑居ビルで売っとる!!」


「高い!」


「とんでもない! めっちゃリーズナブルや!

 もうけなんて全然ないって、そこで働いとる先生のいとこが言うとった。実際、ふつうの店ならこんな上等なお酢、一本一万円はするハズや」


「そうなんだ……」


 頭がぐるぐるする。陰陽師おんみょうじってお料理みたい。あと鬼が苦手なものを覚えるの大変そう。


 わたしが頭をぐるぐるさせていると、こまち先生は、わたしの左ムネをしんちょうに調べはじめた。


「……あった! めっちゃ、ちっちゃいけどあった!!」


 そういうと、こまち先生は、保健室にあった手鏡で、わたしのひだりムネをうつして、そして、鏡の中を指さした。ぱっと見、なーんもないけれど、よーくよーく見ると、こまち先生の指の先に、ほんとうに、ほんとうに小さいほくろがある。


 わたし、こんなところにほくろがあったんだ。


 こまち先生は、「パキリン」と一本二千円の青いビンに入ったお酢のキャップをあけると、ごくごくと飲んだ。そして、


「ブっ」


って、わたしのムネにふきかけた。


「(ぎ ゃ ぁ ぁ ぁ ぁ … …)」


 わたしのムネから、とってもちっちゃな声がした。そして、モクモクとちっちゃな黒いケムリがたちこめて、そしてその黒いケムリはゆっくりと、ちっちゃなヒツジになった。


 本当にちっちゃい。ゴマくらいの大きさ。でもね、


 ドックン!


 心臓みたいな音がひびいたかと思ったら、いきなりグリンピースくらいの大きさになった。


 ドックン!


 今度は、ピンポン玉くらいになった。心臓みたいな音がひびくたびに、どんどんおっきくなっている。


桑柘木そうしゃぼく!」


 さけんだのはお父さんだった。お父さんがさけんだら、ヒツジの鬼が葉っぱにつつまれて、そしてピンポン球くらいのヒツジが、糸でがんじがらめになった。


 お父さんは、糸のはしっこを持って、おおいそぎでミニイルカが保健室のカベに映している、広い広い草原に向かっていった。


 ドックン!


 糸にからまったヒツジは、ソフトボールくらいになった。


 ドックン!


 糸にからまったヒツジは、バスケットボールくらいになった。

 どんどんおっきくなる。そして、心臓みたいな音がひびくペースが、どんどん早くなっていく。


「急げ! 未神楽みかぐら先生!」


 凪斗なぎとくんが、保健室の壁に映った草原から手をだした。


 ドックン!


 糸にからまったヒツジは、教室の椅子くらいのおおきさになった。

 

 お父さんが凪斗なぎとくんの手をつかむと、凪斗なぎとくんは、おっきな声でさけんだ。


「うおぉおりゃあぁぁぁぁぁ!」


 ドックン!


 凪斗なぎとくんは、お父さんと、教室のドアくらいになったおっきなヒツジの鬼を、思いっきり大草原の中に投げ入れた。


 お父さんは、もっふもふの草原をゴロゴロと転がっていった。そして、ヒツジの鬼は、


 ドックン!

 ドックン!!

 ドックン!!!

 ドックン!!!!

 ドックン!!!!!

 ドックン!!!!!!

 ドックン!!!!!!!

 ドックン!!!!!!!!


 ものすごいスピードで、おっきな心臓みたいな音をひびかせると、一気に、体育館くらいの大きさになった。


「おっきい! ねえ、これ大きすぎない?

 こんなのに乱暴されたら、ボク、こわれちゃうよ!」


 風水ふうすいくんがさけんだ。


「メエエエエエエ!」


 宙に放り投げられたヒツジの鬼は、おたけびを上げながら、「ズッシーーーーン」って、もっふもふの草原におりたった。


 え? ちょっとまって、これ、どうやってたおすの??

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