第3話 ひもかがみ 3
手を伸ばした。そっと少年の頭を撫ぜた。ハリネズミのようにつんつんとした毛髪が、白い掌に心地よい。
驚いた冬雷が顔を上げる。
眼を細め、薄笑ったみせた。困ったように彼は首を傾げた。
その拍子に、頑なに組んでいた腕の奥、懐の中が垣間見えた。
ちらりと覗いたそこにあったものに、女の表情が強張った。
「お前……!」
息を飲むその言葉に、一瞬で冬雷も全てを悟った。
慌てて一歩後ず去る。
庇うように両腕を硬く組み直した。
しかし、時既に遅し。怒髪天を貫くような表情を浮かべた春覚は、烈火の如く吼えた。
「お前、それは何だ!」
逃げるようにもう一歩、冬雷が後ろに下がる。それを追うように、春覚が一歩前に出た。
そんなものを抱えて、どういうつもりだ、と彼女は怒鳴った。
彼女の怒りは、ごうと唸る風に変わり、長い髪を巻き上げた。白い肌は俄かに紅潮していた。
「答えろ!」
「……お前には、関係ない……」
「何を言うか! お前、一体どういうつもりだ?」
「……うるさい」
「それが何だか、わかっているのか!」
お前が抱えている、それが。
庇うように、山犬の鼻先が俯いた。
逃げるように、組んだ腕で胸を覆った。
しかし、真っ直ぐに射抜く彼女の視線から、到底逃げることなど叶わず。
忘れたのか、と春覚が言った。
それは怒鳴り声ではなかったが、責めの響きを含んだ厳しいものだった。
「おれ達は、永久、だ」
春が訪れ、夏が渡り、秋が巡って、冬を告げる。
そうしてまた春がやって来るのは、定められたこの世の理。歪むことの無い、約束。
「おれ達は……司は、四季が在る限り、共に永久に巡る存在だ」
だけど。
大きなため息をついた。心の底から、ため息を吐いた。
眉間にしわを寄せ、吊り上げるように細めた視線を、冬の司の胸に向けた。
丁度、雲間から様子を窺うように月が顔を覗かせた。しかし、すぐに引っ込んでしまう。
それ程までに、彼女が発した声は低く、突き刺すように真っ直ぐと辺りに響いたのだ。
それは、有限のものだ。
ゆっくりと、噛み締めるように繰り返した。
「それは、限りある命で生きるものだ」
白い山犬の面は、何も言わず、春覚を見つめていた。
彼女は視線を逸らさなかった。
それから、冬の司はゆうるりと鼻先を自分の腕の中に向けた。
見下ろした先にあるものに、深く、重い、息を吐いた。
それは酷く小さなものだった。
小さな小さな丸い頭に、ふっくらとした頬。
粗末な布に包まれた、幼い身体。
ふくふくと柔らかなそれは、まだ自分の足で立つことも知らぬであろう赤子だった。
人の子、だった。
眠っていた。少年の腕の中で、すいよすいよと寝息を立てている。
それを冬雷はじいと見つめた。時折、短い指が僅かに揺れる様が、愛らしかった。
春覚が舌打ちをした。吐き捨てるように彼女は言った。
阿呆が。
「人なんぞに、心を奪われたか!」
彼は答えない。ただ、俄かに肩を落とし、腕の中の小さな命を見つめていた。
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