第94話 潜入準備①

 

「……そう。あれを使うのね」


 わずかに逡巡した魔王ルシアは、やがて静かに微笑し誠治たちを見た。


「現有の移動手段としては、あれが一番俺たちに合っていると思うんです」


 誠治の言葉に、ルシアは頷いた。


「そうね。最大のネックである魔力消費は、貴方なら問題にならない。防御性能を除けば最適と言える…………いいでしょう。デ号の改造と使用を許可します」


「! ありがとうございます。大切に使わせて頂きます!」


 畏まる誠治に、ルシアは、ふふっ、と笑った。


「ガリウル局長から何か聞いたのね。機体のことは気にしなくていいわ。形がなくとも、あの人との思い出はちゃんと私の中に残ってる。壊してもいいから、貴方たちはなんとしても無事に帰ってきなさい」


「「はいっ!!」」


 揃って返事をする誠治たち。


 ルシアの気持ちを慮ったのか、ディートリンデはポケットからハンカチを取り出し、目尻を押さえていた。


 そして、顔を上げる。


「作戦の詳細は、情報局と詰めてまいります。皆さんには状況に応じてご協力頂くことになりますので、どうかよろしくお願い致します」


 全員が頷く。


「それでは、会議を終わります」


 ディートリンデの言葉に続き、すっと立ち上がる魔王ルシア。

 それを見た全員が一斉に立ち上がり、胸にこぶしをあてる。


 ルシアは皆の顔を見まわし、言った。


「隣の友と手をとり合い、未来を切り開きましょう」


「「友と未来を!!」」


 全員の力強い声が、議場に響いた。




 ☆




 議場には、数名の関係者が残っていた。


 誠治たち3人の他、特殊作戦部のディートリンデと情報局のポコナー。さらに誠治が所属する魔法科学省のゴーダ大臣を合わせた6名が、テーブルの一角に座り言葉を交わしていた。


「デ号とは、また懐かしいものを引っ張り出してきたのう。ゴッゴッゴッ」


 そう言って笑うゴーダ大臣は、ゴブリンを祖に持つ小鬼族の前長老である。


 緑色の肌にやや尖った耳、大きなかぎ鼻に深く刻まれた皺。

 彼は人間の幼児ほどの身長ながら齢200歳を超え、長老役を後進に譲ってから約120年、魔法科学大臣を務めている。


 彼の一族もまた、かつて人間たちに追われ魔王国にやってきた者たちだった。




 ディートリンデが口を開く。


「ゴーダ大臣。ポコナー局長。お忙しい中、残って頂いてありがとうございます」


「ゴッゴッゴッ……気にせんでええよ。この国の行く末に関わる大事なことじゃからな。それにヴァンダルク軍がノートバルトに達するまでそう時間がないんじゃろ? ならば儂らが直接話すのが一番早いというものよ」


 老ゴブリンが笑って答えると、ポコナーが汗をふきふきそれに続いた。


「さよう、さよう。同感です。我々が得た情報では、ヴァンダルク軍の本隊はすでに首都ヴァンデルムを出発。早ければ3週間後、遅くとも1ヶ月以内にはノートバルトに侵入する見込みです」


「つまり3週間以内に向こうの勇者たちに接触して、寝返らせないといけない訳か」


 誠治の呟きに、ディートリンデが説明を加える。


「今回の作戦では、セージたちのタイミングに合わせてシュバルツシルトを飛ばす許可が下りてるわ。魔都セントルシアから王都ノルシュタットまで、約2日。そこでシュバルツシルトに積んでいたデ号に乗り換えることになるでしょう。––––ノルシュタットからどのくらいでヴァンダルク領に入れるかしら?」


「国境をまたぐだけなら、2時間もかからんじゃろ。デ号の巡航速度はシュバルツシルトの1.5倍。なんならヴァンダルクの首都まで数日で行けるくらいじゃ。ゴッゴッゴッ」


 ゴーダの説明に、顔を見合わせる誠治たち三人。

 数ヶ月前、危険を冒しながら何週間もかけて旅した道のりが、デ号を使えば数日だという。


「なんとも感慨深いな」


 誠治の言葉に、詩乃とラーナが頷いた。




「そうしますと、目下一番の問題はヴァンダルク軍の位置をどうやって正確に知るか、ということになりますな」


 ポコナーが額の汗をふく。


「私たちは断続的に敵の位置を確認しておりますが、それをセージさんたちにお知らせする何らかの手段が必要です。ノートバルト王国内ではすでに有線魔信の敷設が終わっているため、主だった街では正確な情報の提供が可能です。……が、ヴァンダルク領内ではそうはいきません。従来からの人と馬に頼った方法になるので、些か正確性と速報性に欠けた情報となります。しかも相手は今回、複数の集団に分かれ別々のルートをバラバラに進んでおるのです」


「向こうの勇者がどの部隊にいるかは、分かってるんですか?」


 ディートリンデの問いに、ポコナーはまたまた額の汗をふいた。


「一応、確認しとります。ただ、二手に分かれてますので、それぞれ別に接触を試みなければならんでしょう」


(なんて厄介な……)


 誠治は心の中で毒づいた。

 一方ディートリンデは、もう一つの問題について質問を投げかける。


「現時点でヴァンダルク軍の各部隊の居場所をこちらが把握するのに、どのくらいの時間がかかってるんです?」


「概ね、2週間というところです」


「2週間?! すると、今、私たちが接している情報は、少なくとも2週間前の情報ということですか!」


 驚きのけぞるディートリンデ。

 美人が台無しである。


「左様、ノートバルト領の街まで情報が届けば半日程度で情報共有できますが、ヴァンダルク領内は早馬頼りですから。こればかりは現状ではどうにもなりません」


「……理解しました。言われてみたらその通りですわね。失礼なもの言いをして申し訳ありません」


 困り顔のポコナーに、ディートリンデが頭を下げる。

 その様子を見ていたゴーダが口を開いた。


「こうなると、先日セージから提案のあった『無線魔信』なるものがあればと思うのう。実現すれば、世の中に革命が起こるじゃろう」


「無線の技術は、向こうの世界でもまさに革命でした。魔王様からは『急がなくてもいい』と言われていますが、将来の魔導帝国との戦いを考えれば、絶対に必要な技術だと思ってます」


 誠治は真剣な顔でゴーダに答える。


 無線の技術は、やがてラジオ放送やレーダーの開発に結びつく。

 情報と通信の力が戦いの趨勢をも決し得るというのは、古来から現代にいたるまで変わらない真理の一つだろう。


「なるほどのう。では、ガリウルにハッパをかけるとするかの。ゴッゴッゴッ!」


 老ゴブリンはどこか愉快そうに笑ったのだった。




「話を戻すわね」


 タイミングを見計らい、ディートリンデが皆に言った。


「移動手段は確保できた。問題は、目的の相手がどこにいるかを知るのが難しい、ということね」


 彼女のまとめに、ポコナーが補足する。


「ヴァンダルクの各軍はノートバルトを目指して進軍しています。そして彼らを監視している我々の手のものも、同じくノートバルトに早馬を走らせています。両者が同じ方向に進むのですから、私たちに報告が届いたときには、その分だけ相手もこちらに近づいている、ということも問題ですね」


 両手を使い、その様子を説明するポコナー。


 ……なるほど。

 それは位置が掴みにくい訳だ、と誠治は思った。


「事前に相手の位置を知って待ち伏せたいこちらにとっては、少しばかり不利な状況ですね」


「そうね。ヴァンダルクでは各街の協力者と接触して情報をもらうしかないけど、そうしているうちに敵の各軍はどんどん近づいてくる。こちらの早馬を一日に何度も出す訳にはいかないし、まかり間違ってデ号を発見されたりしたら、警戒が厳しくなって近づけなくなるわ」


「なるほど……」


 誠治は考え込んだ。


 敵が一つで、進軍速度が一定、さらにルートが分かっているならまだ待ち伏せが可能だろう。

 が、現実にはその全てが条件に合致していない。

 待ち伏せは困難をきわめるだろう。


「難しい問題じゃの」


 ゴーダが首を振り、誰もが考え込んだ。


 そのときだった。


「……待つのは性に合わない」


「こちらが追いかけるのは、どうでしょうか?」


 ラーナと詩乃が、同時に口を開いた。







☆いつもご愛読頂きありがとうございます。おかげさまで本作は、2022年7月5日にドラゴンノベルス様より書籍版第1巻が発売されることになりました!


書籍化作業も佳境ですが、ひと段落しましたらWeb版も更新再開致しますので、今しばらくお待ち頂ければ幸いです。


並行連載の「ロープレ〜」ともども、引き続きよろしくお願い致します。








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