第91話 対勇者・対策会議 ①
☆
誠治たちが王城の会議室に入ると、すでに魔王ルシアと誠治たちを除く全ての出席者が席に着いていた。
その中の一人、落ち着いた雰囲気のエルフの美女が、すっと手を挙げて「こっちよ」と呼びかける。
「あ、ディートリンデさん」
呼ばれた詩乃は、自分を呼んだエルフの女性の方に早足で歩いていき、そのうしろを誠治とラーナが追いかけた。
会議室は多様な種族が集まれるよう、広さも高さもかなりの余裕をもって作られている。その真ん中には円卓が置かれ、エルフ美女の席は、入口と反対のあたりにあった。
要するに、彼女の席までまあまあ距離があるのだ。
「あなたたちの席はそこよ。本来なら所属ごとに座るんだけど、今回は三人一緒の方がいいでしょう」
そう言って微笑む詩乃の上司。
魔王国国防省・特殊作戦部部長、ディートリンデ。
魔王国西部に広がる『古く深い森』に住まうエルフの族長の娘にして、一族のほとんどが持つ風の加護を持たず、星詠みの加護を持って生まれた異端の娘。
彼女は、魔王国軍の中でも特に力の強い星詠みの少女たちが属す『特殊作戦部』の長であり……彼女たちの母親代りだった。
「ラーナ、ちゃんと食べてる? あなたは昔から食が細いんだから」
「むう……。一応ちゃんと三食食べてる」
「本当? 詩乃もそうだけど、あなたももうちょっと太った方がいいわ。成長期なんだから、ちゃんと食べないと大きくなれないわよ」
「……食べてるもん」
ラーナは珍しく、拗ねたように唇を尖らせる。
そんな彼女を見つめる母代わりのエルフの目は、温かかった。
「何はともあれ、二人とも元気そうでよかったわ。陛下は意外とスパルタだから、ちょっと心配してたのよ」
「あのくらい、どうってことない」
ふん、とドヤ顔で小さな胸を張るラーナ。
ディートリンデは苦笑した。
「またそうやって強がるんだから。––––詩乃も、お疲れさま。一ヶ月の修行の旅は大変だったでしょう?」
エルフの上司に問われた詩乃は、小さく頷いた。
「正直、すこし……。でも、ルシア様は私たちの様子を見ながら進めて下さったので、なんとかやりきることができました」
「そう。私たちのときは、鬼軍曹みたいだったけど……陛下も丸くなられたのね」
ふふ、と笑うディートリンデ。
彼女は自分の背後に脅威が迫っていることに、気づいていなかった。
そして––––、
「あら。鬼軍曹というのは、誰のことかしら?」
聞き覚えのある声に、びくっと肩を震わせるエルフの局長。
彼女は、ぎぎぎ、と首を軋ませながら、自らの師匠を振り返る。
「……さ、さあ? きっと陛下の聞き間違いでしょう。––––げふんげふん」
魔王ルシアは、そんな弟子ににっこりと微笑んだ。
「そういえば、あなたにはもう何年も修行をつけていなかったわね。久しぶりに一ヶ月ほどどうかしら、ディートリンデ?」
「わ、わたしも部下を見なければなりませんし、また次の機会にして頂けると嬉しいですね。––––げふんげふん」
星詠みの少女たちの母親代わりのエルフは、なんとか咳払いで誤魔化そうとしたのだった。
誠治たちが慌てて自分の席につき、自らも席につくと、魔王ルシアは傍らの弟子にあらためて声をかけた。
「それじゃあ、ディートリンデ。始めてくれる?」
「––––ごほん! それではこれより『対勇者・対策会議』を始めさせて頂きます」
エルフの部長は気を取り直すと、会議を進行し始めた。
「まず最初に、今回のノートバルト防衛作戦の概要を共有しておきたいと思います。ゴルドー司令官、お願いできますか?」
ディートリンデに名を呼ばれた熊人族(ムーンベア)のゴルドーが「おう」と吠える。
熊人族と呼ばれてはいるが、外見はそのままクマだ。身長2.5mはある。
彼は種族特有の唸るような声で話し始めた。
「今回俺たちは、ノートバルト首都ノルシュタットの南、15キロにある丘陵地帯に陣を張り、ヴァンダルク軍を迎え討つ。一帯には複数の簡易陣地を構築し、塹壕で接続。敵の攻撃に備える。––––ヴァンダルク軍だけなら負けっこないが、勇者の攻撃にどの程度耐えられるかは、やってみなけりゃ分かんねえな」
いつも強気なゴルドーの慎重な言葉に、彼を知る者は皆、今回の戦いが容易ならざることだと実感し始めたのだった。
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