第90話 魔導飛行実験機デ号1.21型②
「タ、タイムマシン……ですか?」
目を見開く詩乃に、誠治は説明する。
このクルマが何なのかを。
「僕が子供の頃に作られたハリウッド映画の話だよ。アメリカの高校生が、年上の友人が作ったタイムマシンで自分の両親がまだ若かった頃に行ってしまって、なんとか現代に帰ってくる話。この機体は、その映画に出てくるクルマ型のタイムマシンにそっくりなんだ」
「あ、それでさっき『初代魔王様がデザインした』って……」
「そう。多分、初代魔王のトシヒロさんは、僕の歳に近い時代の人だ。何歳でこちらに召喚されたのかは知らないけど」
そこでラーナが口を開いた。
「初代魔王陛下は、この世界にやって来たとき二十歳だったって言われてる」
「そうか。仮に彼が僕と同い年だったとすると、詩乃ちゃんと僕が召喚される20年ほど前に召喚されたことになるね。地球とこちらでは、時間の流れ方が違うんだな」
勇者トシヒロが魔王国を建国して150年。
仮に二十代で建国したとすると、この世界は約8倍、地球に比べて時間の流れ方が早いということになる。
「トシヒロさんはどんな思いでこの実験機をつくったんだろうな」
誠治は車のボディに手をつき、ひとり呟いた。
二十歳で異世界に召喚され魔物のスタンピードに立ち向かい、虐げられた魔族とともに険しい山脈を越え、北の地で建国した地球の青年。
そんな彼が実験機にあえてこのデザインを選んだのは、ちょっとした茶目っ気なのか、それとも望郷の念からなのか。
いずれにせよこの機体からは、彼の強い想いが伝わってくるようだった。
「このデ号1.21型は、開発を始めてから完成までに、30年もの時間を要したんだ」
「「30年??!!」」
ガリウルの言葉に驚く誠治たち。
「ああ。車体材料や平衡制御術式、魔導ジェットエンジンとサイドスラスタの技術開発に時間がかかったのと、このサイズへの小型化に相当苦労したようだ。実際、途中から並行開発されたシュバルツシルトと完成時期は2年ほどしか変わらない」
ガリウルは隣に展示されているシュバルツシルトの大型模型にちらりと目をやった。
「世間的にはシュバルツシルトの方が知られているがね。私はこのデ号1.21型こそ、魔導の新たな時代を切り開いた記念すべき機体だと思っている」
ガリウルはそう言うと、車体後部に埋め込まれたウォーターサーバーのような部分の上部を捻り、蓋を取り外した。
「こいつを動かすには、大型魔石が必要なんだ」
ジャケットのポケットからこぶし大の大型魔石を取り出し、先ほどのウォーターサーバーにセットして再び蓋をする。
「さあ、起動してみよう」
彼はそう言って左側の運転席のシートに腰をおろし、右手のスイッチボックスから出ているL字のレバーに手をかけた。
「いくぞ」
言葉とともに、ガチャリとレバーを引き倒すガリウル。
その直後、機体の計器類に火が灯った。
フォオオオ、という静かな音が、室内に響く。
「この機体は、動態保存されてるんだ」
「動態保存、ってなんですか?」
運転席のガリウルに問う詩乃。
「きちんと整備すれば動かせる状態、ということだ。実際こいつも年に一回、春の開園記念フェスティバルの時には、ちょっとだけ飛ばしたりもしている。……まあ、シュバルツシルトと同じく凄まじい魔力食いなんで、動かすのは十分くらいのものだがな」
車のタイヤにあたる部分は短い円筒状になっていて、これまた映画二作目の飛行型によく似た形状になっている。
今、その筒の下の部分からはほのかに青白い魔法の光が漏れ、また、車体両サイドの魔導ジェットエンジンの噴射口も同じように薄っすらと光っていた。
「春に飛ばしてから半年だが、浮上術式とエンジンは問題なさそうだな」
ガリウルは計器を確認してそう呟くと、右手の起動レバーを上げ、スイッチを切った。
「さあ、どうだね。諸君? この機体で用は足りそうかな?」
運転席から降り、三人に問うガリウル。
誠治たちは、顔を見合わせた。
「まだ動かしてないからなんとも言えないけど、ちゃんと動けばこれでいけると思う」
誠治の言葉に、頷く詩乃。
「私も、そう思います」
「……他のよりはまし」
ラーナがどこか呆れたように、ぼそりと呟いた。
誠治は上司に向き直った。
「というわけで、この機体でやってみたいと思います」
誠治の言葉に、ガリウルは、にっ、と口角を上げた。
「分かった。すぐに整備に入って、明後日にはちゃんと飛ばせるようにしておこう。それでいいかね?」
「はい。あとは乗ってみてどうか、というところですね」
「そうだな。自分で乗ってみるのが一番理解が早いだろう」
ガリウルは機体に視線を移した。
「さっきも言ったように、こいつは完成するのに三十年かかった機体だ。『完成の見通しが立たない』と言われプロジェクト中止になりかけたのも一度や二度じゃない。その度ごとに初代魔王陛下はこう言って中止を訴える者たちを説得したそうだ」
再び誠治たちの方を向くガリウル。
「––––『僕らの未来はまだ白紙だ。未来を切り開くのは、僕ら自身なんだよ。諦めず頑張ろう』とね」
––––なるほど。『僕ら』か。あなたは、そういう人だったんですね。
誠治は目頭が熱くなり、目元を手で覆ったのだった。
☆
そろそろ、いい時間になりつつあった。
あと一時間ほどで、特殊作戦課の会議の時間だ。
ヴァンダルク潜入時の『足』にメドがついた誠治たちは、公園の駐車場で待っていた魔導科学省の馬車で魔王城まで送ってもらうことになった。
ちなみに魔王城前にも駅があるので、時間に余裕があるのなら鉄道での移動も可能ではある。
今回は会議まであまり時間がないのと『せっかく馬車があるから』ということで、ガリウルが馬車での送迎を申し出てくれたのだ。
その馬車の車内。
ガリウルから、デ号の取り扱いについて誠治たちに話があった。
「デ号を使う件、一応魔王様にきちんと話しておいてくれ。あれは魔導科学省の管理になってはいるが、初代様とルシア陛下にとっての思い出の機体でもあるんだ」
「思い出の機体、ですか?」
詩乃の問いかけに、頷くガリウル。
「ああ。デ号が完成したのは初代様が亡くなる何年か前だったが、晩年お二人があの機体でたびたび国内の査察に出かけられたという話がある」
「それは……大切に扱わないといけませんね」
誠治が呟く。
「そうだな。我々としてもできることはしたいと思ってる。……そこで、少しだけあの機体に手を入れたいんだが、魔王様に話をしてもらえないか?」
「改造、ですか?」
「ああ。君たちの安全のためにも、必要な改造だ」
ガリウルは真剣な顔で三人に頷いた。
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