第79話 戦い終わって

 

 魔王と辺境伯は、誠治たちの方へ歩いて来る。


 誠治と詩乃は、緊張して固まってしまっていた。

 そんな中、一歩進み出るラーナ。


 彼女は右手の指をぴんと伸ばし、手の平を下に向けるようにして額のところに持って行った。

 どうやら魔王国流の敬礼は、誠治たちの世界と似た形であるらしい。


 立ち止まる魔王ルシア。


「特務少尉ラーナ・アルタラヤ、異世界の勇者シノ・サカシタとセージ・イワノをお連れしました」


 普段のマイペースさが嘘のような、凛々しさを感じる所作だった。


 それに応え、微笑みながらゆっくり頷く魔王ルシア。


「極めて困難な任務を、よく遂行してくれました」


 そう言ってラーナに近寄り、


「うにゃあああ?!」


 ルシアに突然全力で抱きしめられたラーナは、手足をバタつかせる。

 が、身長差のせいで地面に足が届かないので、ルシアのなすがままだ。


「ラーナ、無事で良かった……」


「ちょ! ……ーか、へーか! く、くるし……!!」


 解放される頃には、ラーナはぐったりしていた。




 誠治はひそひそと詩乃に呟く。


「なんというか……アットホームな魔王様だね」


「ラーナが忠誠を誓うのも、納得です」


 二人で頷きあっていると、ルシアが二人の方を向いた。


「あなたたちが、異世界から来た異端の勇者様ね」


 誠治が最敬礼し、詩乃がそれにならう。

 お辞儀の文化はないかもしれないが、少なくとも敬意は伝わるだろう、と誠治は考えていた。


「ご紹介に預かりました、加護なしの岩野誠治です。こちらは星詠みの……」


「坂下詩乃と申します」


「危ないところを保護して下さり、心より感謝申し上げます」


 誠治の言葉に、ルシアは頷いた。


「ルシア・マチルダ・カンタルナよ。感謝はこのラーナと、あっちの城で寝てるクロフトにね」


「「え?! クロフト (さん)、無事なんですか???」」


 誠治と詩乃が驚いてハモる。


「私も気配読んでるだけだから、無事かどうかは分からないけど。少なくとも死んではいないわ。そっちのシノちゃんは……ああ、意識が途切れてると、生死が分からないのか。訓練すれば分かるようになるわ」


 詩乃は驚いてルシアを見つめた。


 前に聞いていた通り、魔王陛下は確かにかなりハイレベルな星詠みらしい。


「その辺も含めて、二人とも今後の身の振り方を考えておいてね。またお話ししましょ。じゃね!」


 ルシアはそう言ってウインクすると、辺境伯とともに用意された馬車に乗り、行ってしまった。


「超・フランクな魔王様だったな……」


 誠治がぽつりと呟き、二人の少女は大いに頷いたのだった。





 歓迎のセレモニーが終わった三人は、ノートバルト城に設置された臨時の救護所を訪れていた。

 来客用の客室棟を、まるごと救護所として使っているのだ。


「クロフトの居場所は分かる?」


 誠治の問いに、首を振る詩乃。


「意識があればすぐ見つかると思うんですけど、気絶しているのか、寝ているのかで、ちょっと分かりにくいんです。あと、これだけ人がいると……」


「そっか。まあ、これだけケガ人がいれば、気配探知じゃ見つけにくいよね」


 前線から呼び戻された治癒魔術師たちが、交代で傷ついた兵士たちに回復魔法をかけている。


 重篤な者への治療は概ね終わっているようだったが、軽傷者への治療は今まさにピークを迎えていた。




 患者でごった返す救護所で、難航すると思われたクロフト探しは、しかし意外に早く終わることになった。


 目立つ目印があった……いや、いたからだ。



「あれ、テレーゼさん?」


 病室として使われている部屋を順番に巡っていた時、特徴的な赤髪ローブの後ろ姿を見かけた誠治は、その人物に声をかけた。


 振り返った少女の目は、今まで随分と泣きはらしたことが一目で分かるくらい、赤くなっていた。


「あ、ああ……。あなたたちか」


 テレーゼはごしごしと袖で目の周りを拭うと、微笑んだ。


「お礼を言わせて。力を貸してくれてありがとう。あなたたちがいなければ、被害はこんなものでは済まなかった。きっと、町ごと滅んでいたでしょうね」


 誠治は首を振る。


「いえ、僕らだけではとてもじゃないけど倒しきらならなかったですよ。皆が死力を尽くした結果です。最後は魔王国の飛行戦艦がやっつけてくれましたし」


 そうね、と顔を歪めて微笑むテレーゼ。


「ところで、クロフトを見ませんでしたか? 魔王様の話では『意識はないが、生きている』ということなんですが……」


 誠治が尋ねると、テレーゼの肩が小さく震えた。


「クロフトなら、ここに……」


 彼女は消え入るような声でそう言って、背後のベッドを振り返る。




 誠治たちは、ベッドの上の彼を見た。

 そして、テレーゼが泣きはらしている理由を悟った。


「クロフト……」


 ベッドの上のクロフトは、目を閉じ、静かに寝息を立てている。


 彼は生きていた。

 だがその右腕は、肘から先がなくなっていたのだ。


「黒竜が火球で北門を破壊した時、私たちはすぐ近くにいたの。ク、クロフトは、爆発から私を庇って……っ」


 両手で顔を覆うテレーゼ。

 かける言葉もなく、佇む三人。


 病室に少女がすすり泣く音が響いていた。




 その時、泣き続けるテレーゼのローブを小さく引っ張るものがあった。

 少女はゆっくり視線を向ける。


「……あなたのせいじゃないですよ」


 それは、このひと月ちょっと、誠治たちが毎日聞き続けた声。


「「「クロフト(さん)っ!!」」」


 ベッドの上に寝ているクロフトの目がうっすらと開かれ、微かな微笑みとともにテレーゼを見つめていた。




「クロフト……っ!」


 自らのローブを引く手を両手で包み、クロフトに身を寄せるテレーゼ。


「僕が勝手にやったことです。誰のせいでもありませんよ」


 クロフトは泣いている少女にそう告げると、誠治を見る。


「黒竜は、どうなりました?」


「倒したよ。なんとかね」


「さすがですね。それを聞いて安心しました……」


 再び、ゆっくりまぶたを閉じるクロフト。

 その左手を、テレーゼが握る。


 間もなく、静かな寝息が聞こえてきた。


 誠治たちは顔を見合わせると、静かに病室をあとにしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る