第78話 魔王

 

 飛行戦艦シュバルツシルトから撃ち出された徹甲弾は、青白い光を放ち、目標に向けて飛翔する。


 弾頭に魔法金属ミストリールを使用した砲弾は、発射時に魔力を付加されたことにより先端が硬化し、その恐るべき貫通力をもって、巨大甲虫の装甲に襲いかかった。


 バスン!!


 誠治が放った高射機関砲の弾ですら貫けなかった外皮を、いとも簡単に貫く。


 着弾とともに内蔵された遅発信管の術式回路が起動し、カウントダウンが始まる。

 そして……



 ズドォオオオオン!!



 巨大甲虫の体内に入り込んだ砲弾が内部で起爆した。


 強烈な爆音を立てて、甲虫の巨体の上半分が吹き飛ぶ。

 爆散し、あたりに撒き散らされる甲虫の残骸。


 残された巨体の下半分が、ズン、と崩れ落ち、甲虫はその生命活動を停止した。




「「「うぉおおおおおーー!!!」」」


 ノルシュタットの兵士たちから歓声があがる。


 兵士たちは、シュバルツシルトの船体側面に描かれた国旗……青い球体の周りをいくつもの星が楕円軌道を描いている図案から、その船が友好国の戦闘艦であることを理解していた。


 また国旗の横に描かれた「黒(シュバルツ)き盾(シルト)」のマークに、以前からその艦(ハリボテ)の評判を知る者たちは、苦笑に似た笑みを浮かべるのだった。




 シュバルツシルトはそのまま前進し、走り続ける眷属の小型甲虫の上空に進行、艦底に開いたハッチから爆火石を連続投下する。


 一瞬の間の後、地上では火山が爆発したかのように巨大な火球が連続破裂し、煙がおさまった頃には、無残な虫の死骸がいくつも転がっていた。





「……さて。今回の災厄を引き起こした者には、それなりの報いを受けてもらわないとね」


 飛行戦艦シュバルツシルト艦橋の専用席で戦闘の推移を見守っていた魔王ルシアは、座っているイスの肘掛けに自らの魔力を通す。


「え?!」


 火器管制用のコンソールの前に座っていたマイラスは驚いた。

 勝手に目の前のレバースイッチ類が動き始めたからだ。


「ちょ、砲術長?!」


 後ろに座っていたオニ族の砲術長は目の前の若い士官に「落ち着け」と声をかける。


「忘れたのか? 陛下はこの船の一切を直接制御する力と権限を持ってらっしゃるんだ」


「ああ!!」


 マイラスは上司から言われて初めて、マニュアルにあった一文を思い出す。


 シュバルツシルトは基本的に百五十名の乗員によって運用される。

 が、ひとつだけ例外があった。


 それに見合った力があれば、当代の魔王だけは単独で艦を運用できるのだ。


 シュバルツシルトの艦底部からつき出している第三砲塔が旋回し、口径十五ミリの副砲が東の丘を指向する。





 副砲を向けられた丘の上には、二つの人影があった。


「魔王国がこれほどまでのものとは……」


「これだけの戦力を持つ勢力が、この世界に存在するとはな。本国に急ぎ報告せねばなるまい」


 弟子にそう返したローブの男、ゲルモアは、だがその任務を遂行することはなかった。


 直後に飛来したシュバルツシルトの副砲弾により、一瞬で頭と身体を粉々にされたからだ。




 副砲の徹甲弾はゲルモアを吹き飛ばし、東の丘の地面に突き刺さる。


 一瞬の間。


 弟子が姿を消した導師を振り返った瞬間、傍らの地面が爆発し、彼を吹き飛ばした。


 遅発信管が起動し、副砲弾が爆発したのだ。


 その様子を見ていた魔王ルシアは、ぽつり、と呟いた。


「あれは、あとで辺境伯に回収してもらいましょうか」





 騎士と兵士が整列するノルシュタット城北側の演習場に、シュバルツシルトが降下してゆく。


 整然と並び、出迎えながらも、その場の誰もが好奇心を刺激されていた。


 もちろん異世界から来た勇者たちも、その例外ではない。




「しかし、すごいなこれは……」


 誠治は食い入るように純白の船を見つめる。


「アニメの中に出てきそうな光景ですね」


 そんな誠治の右腕に腕をからませ、詩乃もその様子を見守っていた。


 ラーナが反対の腕に同じように腕をからませる。


「多分、この船が魔王国から外に出たのは初めてのはず。陛下が即位後にヴァンダルク領に入るのも。ひょっとすると、情勢が大きく動くかも」


「情勢?」


 誠治の言葉に頷くラーナ。


「陛下がお忍びでなく、魔王国の切り札とも言える船で堂々と乗り込んで来た。これはつまり……」


「魔王国がノートバルトを支援している、と公にした訳か」


「そう。この後待っているのは、ノートバルトの独立か、魔王国への併合。どちらにしろヴァンダルクと戦争か、その一歩手前までいくことになる。あなたとシノが魔王国にとってそれだけ重要な人物なのか、それ以外の要因があるのかは分からない。ただ、この辺りの国境線が書き換わるのは間違いない」


「なんか僕らも他人事(ひとごと)じゃいられなさそうだな」


 ため息を吐く誠治に、ラーナがトドメを刺す。


「もちろん。この話の一番のキーマンはあなたたち」




「おじさま……」


 詩乃が誠治に身を寄せる。


「大丈夫。何があっても一緒にいる」


 誠治の胸に顔を埋める詩乃。


「私も一緒に」


 詩乃に対抗するラーナ。


 衆人環視の中の三人の様子に業を煮やしたのか、前に立っているマキシムがウンザリした顔で声をかける。


「ほら皆さん! もう魔王陛下が出て来られますよ!!」


 三人は慌てて気をつけの姿勢をとった。





 シュバルツシルトは静かに着陸し、今まさに扉が開かれたところだった。

 いつの間にか赤絨毯が広げられ、ノートバルト伯爵が出迎えのため搭乗口脇に立っている。


 魔王国の兵士が二名先に降り左右に立つと、中から亜麻色の髪をなびかせて黒ドレスの女性が姿を現し、ゆっくり階段を降りて来た。




「陛下、大変ご無沙汰しております」


 辺境伯が声をかける。

 魔王ルシアは、出迎えた彼に上品な微笑を浮かべながら返した。


「久しぶりねヴォルフ。こないだまで若くてピチピチしてたのに、ちょっと見ない間にずいぶん老けたじゃないの。なぁに、そのおヒゲは?」


「あ、あいかわらずですね、陛下。前にお会いしたのは二十年は前だと思うんですが……」


 苦笑する辺境伯。


「そう、あなたがまだ十八くらいの頃ね。うちの士官学校に留学してて、随分ヤンチャしてたのを覚えてるわ」


「勘弁して下さい。まったく、陛下にはかなわないな」


 彼は首をすくめた。


「後で積もる話を聞かせてね」


「分かりました。ええ、分かりましたとも。とりあえず、こちらへどうぞ」


 辺境伯はルシアをエスコートして、赤絨毯を歩き始めた。


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