第70話 襲来


「北方上空より敵多数接近中! 距離三千!」


「北方より、地上を進む敵を発見! こちらに向けて侵攻中!」


 あちこちで兵士たちの報告の叫び声が飛び交う。

 誠治は詩乃に声をかけた。


「詩乃ちゃん、メンタルリンクをお願い」


「はいっ!」


 瞬く間に、詩乃を中心に誠治、ラーナ、高射機関砲部隊、司令部のマキシムを結ぶメンタルリンクが形成される。


「メンタルリンク、形成完了です」


「ありがとう。次、指向性探知、前方六十度、いける?」


「はい!!」


 すぐに脳内に、詩乃の探知イメージが流れこんでくる。


 〈指向性探知、展開しました。魔物が見えるところまで、距離を伸ばします〉


 探知イメージの範囲が、ぐんと拡がった。




 〈探知イメージに敵の群れを確認。距離二千五百。ワイバーンを中心としてハーピーが混在している模様。地上の敵に歩調を合わせながら、ゆっくり近づいて来る〉


 詩乃に続き、誠治を補佐するラーナが状況報告を行なった。


 詩乃の探知範囲は毎日の訓練により、南の森を探索した頃の倍近くにまで伸びている。

 現在の最大探知距離は、前方六十度の指向性探知に限れば、四キロにも及ぶ。


 常時展開可能な距離は二キロ。

 この二キロの距離で迎撃を行うというのが、誠治が立てた方針だった。




 〈特別攻撃班は、距離二千で対空射撃を開始します。攻撃開始後、敵の活動が活発になることが予想されるため、対処をお願いします〉


 誠治が口にした「特別攻撃班」というのは、誠治と詩乃、ラーナの三人のことである。


 誠治と詩乃は、事あるごとに勇者、勇者と呼ばれるのに違和感があった為、せめて編成上はそれらしい名前にしてもらっていた。



 〈司令部了解。こちらでも敵影を確認しました。特別攻撃班による先行攻撃を了承します〉


 誠治の宣言に対し、マキシムから返信があった。

 メンタルリンクは問題なく機能しているようである。




 誠治は持って来た二丁の小銃のうち、一丁を手に取った。

 ちなみにもう一丁は予備のつもりである。


 小銃は木製のフレームに金属製の銃身を持っている。

 全体的な印象は二十世紀前半の小銃、例えば三八式歩兵銃をやや短くしたようだったが、銃把に一部金属が埋め込まれている他、一番の違いは引き金の前に細く短いストレートの弾倉(マガジン)が取り付けてあることだった。


 使用する弾丸は口径八ミリ、全長三十ミリのライフル弾。

 装弾数は二十発。


 パワーソースを魔力としたことから薬莢が存在せず、ショートマガジンにも関わらず多数の弾丸をストックすることが可能となっていた。


 弾倉の交換はレバー一つで可能であり、空の弾倉は銃から引き抜いて腰上くらいの高さがある城壁の壁の上に置き、同じく壁の上に置かれた新しい弾倉と交換する手はずである。


 弾倉への給弾等は、対空機関砲の補給担当が兼任してくれることになっていた。





 そうこうしている間にも、空を、地面を、黒い波が押し寄せて来る。


 〈敵距離、二千二百。セージ、準備を〉


 〈了解!〉


 ラーナの呼びかけに答え、小銃を構える誠治。


 グリップから大量の魔力が注ぎ込まれ、機関部の魔石が眩く輝き、銃身が魔法金属ミストリールの青い輝きを放ち始める。


「おお…………」


 周囲の兵がどよめいた。


 銃を撃てる加護なしの兵はいても、魔力で銃身が光るなどという非常識な現象を見た者は皆無だった。




 〈距離二千百。未来視を開始する〉


 探査イメージ上でラーナが狙いを定めたワイバーンが拡大され、頭部が残像のように二重に別れて見え始めた。


 〈照準良好。発砲する〉


 誠治はそう宣言し、未来視が示す位置に向け、引き金を引いた。


 ドン、という太い音とともに、青く光る銃身から光弾が発射される。




 それは幻想的な光景だった。


 五千人の兵士が魔物の群れを睨み、今か今かと攻撃命令を待つ中、市壁上の一箇所から一条の光が放たれる。


 放ったのは、青く光る小銃を構えるぱっとしない風貌の中年男。

 彼の横には二人の少女が目を閉じ、祈るように佇んでいる。


 眩く輝く光弾は、一直線に大気中を進み、僅か一秒ほどで曇天の空を舞う下位竜種に着弾、その頭部を吹き飛ばした。


 多くの兵士がその光景に呆然とし、やっと意味を理解し始める頃には、第二射が放たれ、二匹目の魔物を撃ち落としていた。




 ドン………………ドン………………


 四、五秒おきに放たれる光弾は、正確に魔物の頭を吹き飛ばしてゆく。


 超遠距離攻撃によるワンサイドゲーム。

 二分と経たずに弾倉が空になり、手早く弾倉交換を行う。


 不思議なことに、次々と群れの個体が撃ち落とされているにも関わらず、ワイバーンの群れは何事もないかのように、地上側の侵攻速度に合わせて空中で旋回し続けていた。




 変化が訪れたのは、三回目の弾倉交換の時だった。


 それまでゆっくり旋回していたワイバーンたちが、突如として群れごと突出し、市壁の兵士たちに向かって滑空降下を始めたのだ。


 〈敵集団、急接近!〉


 ラーナが叫んだ。


 〈機関砲隊、対空攻撃開始!〉


 隊長の騎士の命令とともに、北の市壁上に展開した四基の高射機関砲が猛然と火を噴き始める。


 ダダダダ、と毎秒四〜五発という速度で口径二十ミリの弾丸を敵の群れに叩き込む機関砲。


 詩乃の指向性探知によって大幅に必殺の射程を延伸した射手たちは、自らの未来視を利用して恐るべき精度の連続射撃を襲撃者たちに浴びせかけた。



 バラバラバラバラと、市壁に近づくまでに流れ落ちる砂のように撃ち落とされてゆくワイバーンたち。だが百発五十中の機関砲による迎撃も、僅か四基では総勢二百匹による強襲攻撃を全て防ぐことは叶わなかった。


 幸運にも弾の嵐を突破した数十匹のワイバーンが、市壁に向けて滑空しながら、口から火炎弾を吐き飛ばす。




「支援魔術隊、魔法防御(マジックシールド)展開!!」


 号令とともに、支援魔術師たちが一斉に魔法防御(マジックシールド)を展開する。


 市壁の前面に、虹色に輝くシールドが多数出現した。



 ワイバーンの放った火炎弾の何割かはシールドにぶつかり、防がれる。


 が、防御から漏れたいくつかの火炎弾はそのまま直進し、市壁に着弾した。


 ドドドン!!


 地面が揺れる。

 灼熱の火球は、周囲一帯を破壊、付近にいた兵士たちを焼き払った。




 近くで火だるまになり、奇声をあげながら地面を転げ回る兵士たち。


 傍らの詩乃は目を開け、悲鳴の方を振り返ろうとしていた。


「詩乃ちゃん、見るな!!」


 詩乃を腕で目隠しし、振り向きざまに一匹を撃ち落としながら、誠治は叫んだ。

 突っ込んできた生き残りのワイバーンたちは上空に逃げ、編隊を組み直そうとしていた。

 舌打ちする誠治。


「詩乃ちゃん、目を瞑って気配探知に集中するんだ。いいね?」


「は、はいっ」


「大丈夫。君は、君とラーナは、僕が守るから」


 詩乃は誠治の腕の中で、コクコクと頷いた。

 戦いは、まだ始まったばかりである。

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