第71話 地上の敵、空の敵

 

 ワイバーンによる強襲攻撃から間もなく、地上では歩行型の魔物の群れが、野を超え丘を越え、波のように領都ノルシュタットに押し寄せつつあった。


 先鋒は、人の身長ほどの大きさの巨大な黒い虫たち。

 複数の種類が混在していたが、どれも今まで知られていない魔物だった。




 その黒い波を見つめながら、思案に耽る若い男が一人。

 北門付近の城壁上に陣取り、腕を組んで前を睨むその茶髪の優男は、誰であろうクロフトであった。


「敵地上戦力、侵攻継続中。速度毎分百五十メートル、距離千三百!」


 迫撃砲部隊の測距兵が、隣に立つ砲兵隊長の騎士に報告を行う。


「クロフト殿…………」


 若い隊長がクロフトに声をかけた。

 クロフトは頷き、城壁の壁際まで歩いて進んだ。

 隊長もそれを追いかける。




「砲撃準備を。打ち合わせ通り、距離千メートルで一斉砲撃しましょう。測距担当の方は、敵の距離を読み上げて下さい」


「砲撃準備!!」


 隊長が号令担当に声をかけると、担当兵が首からかけた笛を使い、砲撃準備の合図の笛を吹いた。


「距離、千二百!」


 測距担当が距離を五十メートル間隔で読み上げてゆく。

 そしてその数字が千五十を過ぎた時、クロフトはゆっくりと右手の平を顔のあたりまで掲げた。


「砲撃よーーい」


 隊長がその意を組んで発令する。

 号令担当が、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、と短く笛を吹き始めた。


「距離、千メートル!」


 クロフトは、ゆっくりと掲げた手を振り下ろした。


「撃てえっ!!」


 ピーー!! という長笛とともに、ドドドン、という複数の発射音が城壁を揺らす。


 打ち上げられた十個の小型爆火石は、誠治のオーバーチャージにより白く輝きながら放物線を描いて落下してゆく。


 そして押し寄せる魔物の群れの頭上に、同時に降り注いだ。


 パパパパパン、という破裂音が空気を揺らし、地表で火球が炸裂する。立ち上る粉塵と魔物の破片。




「どうだ?!」


 隊長が叫ぶ。


 粉塵が収まるにつれ、状態が明らかになってくる。


 有効範囲内にいた敵の半分以上が吹き飛び、死ぬか行動不能になっていたが、一部の虫は再び動き出し、更に後方から新たな魔物たちが押し寄せて仲間の死骸を乗り越えてきていた。


 また小型爆火石は半径四十メートルが十発、つまり東西八百メートルの範囲の敵にダメージを与えていたが、敵勢の幅はじきにそれを上回ることが予想された。


 なにせノルシュタット自体が東西に二キロある。

 右翼と左翼の敵は手つかずになってしまう為、せいぜい中央部の圧力を減らす効果しかない。


「くそっ! やはり殲滅とはいかないか……」


 苦々しい表情となる隊長。


「いえ、上等です。我々と魔法師団は間引き、弱らせるのが目的ですから。トドメを刺すのは、小銃隊と弓兵、歩兵に任せましょう。……それより、第二射、いきますよ」


 クロフトが再び右手を掲げる。


「第二射、よーい!」


 すぐさま二射目が用意される。


「撃てえっ!!」


 再び大地が爆発し、魔物の群れが吹き飛んだ。




 迫撃砲の砲撃をすり抜けた敵が、市壁に向けて押し寄せる。


 次に迎え撃つのは、魔法師団の攻撃魔術師たちだ。


「攻撃魔術隊、A班、詠唱開始!!」


 テレーゼの号令一下、攻撃魔術師の中でも特に火炎系魔法を得意とするA班の三十名が高速詠唱(ラピッドスペリング)を開始した。


 たちまち魔術師たちの前にバスケットボール大の火球が現れ、その密度を上げてゆく。


 テレーゼが叫ぶ。


「発動!!」


 いくつもの火球が同時に飛び出し、魔物に殺到する。


 ドドドン!!


 着弾した火球はほぼ同時に破裂し、走っていた魔物たちを爆風で吹き飛ばしながら、辺りを火の海にしたのだった。





 誠治による先行攻撃から一時間。

 対空戦闘は混迷を極めていた。


 城に設置したものを合わせて高射機関砲七基と誠治で毎分百匹を超える数のワイバーン、ハービー、黒鳥の魔物を撃ち落としていたが、なにせ敵の数が多過ぎる。


 ノルシュタットには数千ではきかない、恐らく万単位の空の魔物が押し寄せていた。


 詩乃の気配探知を指向性探知から全周探知に切り替えてもらい、常時展開半径の八百メートルで全方位攻撃を続けている。




「っ……きりがないな」


 誠治は撃ちながら悪態をついた。


 最優先で落とさなければならないのは、火炎弾を吐くワイバーン。

 初っ端から優先して撃ち落としていたので、さすがに数が減ってきていた。


 だがハーピーにしても、ロミ村南の森で遭遇した鳥の化け物に似た黒鳥の魔物にしても、一撃もらえばあの世逝きな魔物には違いない。


 実際、この一時間でそれらの魔物によって首をかき切られ、あるいは腹を喰い破られ、兵士たちには相当な被害が出ている。


 辛うじて小銃や弓で落とせる相手とはいえ、決して油断できる訳ではなかった。




「ワイバーンとハーピーが大き過ぎる気がする」


 ラーナが照準しながら言った。


「大きい?」


「前に私が見たのは、ふた回りくらい小さかった。それにあんなに筋肉質じゃなかったと思う」


 誠治の問いにラーナが答える。


 確かにワイバーンとハーピーはかなり大柄で、筋肉質だった。

 通常ハービーの体は人のそれと同じくらいなのだが、今襲来している連中は、人の倍ほどの大きさがある。


「ひょっとしてこいつらも、瘴気のせいで奇形化してるのか?」


 誠治はハービーを立て続けに撃ち落としながら言った。


「可能性はある。これが終われば、ノートバルト伯に調査を進言してみた方がいいだろう」


 ラーナが未来視で新たな怪鳥に照準しながら言った。

 それをすぐに誠治が撃ち落とす。


「しかしいい加減、肩やら腕やらが痛いな……」


 誠治は銃を構えたまま、左右の肩をまわして愚痴をこぼした。


「おじさま、休まなくて大丈夫ですか?」


 詩乃が心配して声をかけてくる。


「ああ、ありがとう詩乃ちゃん。あまり大丈夫じゃないけど、この状態じゃね」


 言いながら、ズドン。


「無理しないで下さいね」


「了解!」


 色々と体にガタがきている中年勇者は、無理をおして小銃を構えなおした。





 同じ頃、地上戦闘の状況も順調とは言い難い状況だった。


 荒野は見渡す限りの黒い絨毯。

 虫型の魔物に混じり、ゴブリンや緑猿(グリーンケイブ)、ダークウルフなど動物型の魔物が姿を見せ始めていた。


 動物型の魔物は動きが素早く、知恵がまわる。


 爆火石の砲撃と魔法、銃や弓で始末できず突破された場合、魔物の死骸の山を足場に城壁まで登り、その爪と牙で兵士たちに甚大な被害をもたらし始めていた。


「このままではまずいですね」


 北門上の城壁に立ち、珍しく苦い顔で呟くクロフト。


「どうしたの。らしくないんじゃない?」


 近くで攻撃魔法をぶっ放していた赤髪のテレーゼが顔を覗き込んで来る。


「らしくないですかね?」


 言いながら右手をあげ、砲撃用意を指示するクロフト。


「あなたは何でも計算ずくで考えてて『まずい』とかって言葉と無縁な生き方してるのかと思ってたわ」


 そう言いながら、爆裂火球を発射するテレーゼ。


 火球は長距離を飛び、はるか遠くの魔物だまりに着弾。 固まっていた多数の魔物を吹き飛ばした。


「まさか。人を冷血動物みたいに言わないで下さい。なるべく数字で考えるようにはしてますが、実際は、行き当たりばったり、想定外なんて日常茶飯事ですよ」


 そう返しながらクロフトが右手を振り下ろすと、迫撃砲が一斉に発射され、着弾した爆火石が付近一面を吹き飛ばす。




「それで、何がまずいのよ?」


 テレーゼの問いに、クロフトは端的に答える。


「弾が足りません」


「え? でも、最低でも二時間、うまくやれば四時間は保つって言ってなかった?」


「言いました。で、状況を見て調整しながら砲撃を続けた結果、残弾はあと半分です。……アレをあと一時間で殲滅できると思います?」


 クロフトは見渡す限り魔物の黒色で埋め尽くされた荒野を指し示した。


「……無理ね」


 首をすくめるテレーゼ。


 クロフトとて、できる限りの調整はしていたのだ。


 砲撃後の魔法攻撃、銃と弓による射撃、白兵戦の負荷、様々な様子を見ながら砲撃のタイミングを計ってきた。


 が、敵の数と勢いは凄まじく、ハイペースで爆火石を叩き込まねばこちらの戦線が崩壊しかねなかった。

 その結果がこれだ。


「それに、魔法師団も人のこと言えないわ」


 押し寄せる敵を睨みながら呟いたテレーゼの一言に、クロフトは悪い予感がした。

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